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「バスジャックをスムーズに進めるには運転手を共犯にするのが手っ取り早いと教習所で習わなかったか?」
「あいにく僕の通ってた教習所の教官にバスジャック経験者がいなかったもので」
「そりゃあ残念だ。恨むなら俺じゃなくその教習所の採用担当を恨むんだな」
運転手は拳銃をぐりっと強く僕の側頭部に押しこんだ。痛みが走り、顔が歪む。
「バスを止めろ」
簡潔な命令が聞こえた。言葉が足りなかったと思ったのか「ゆっくりな。止めなきゃ撃つ」と後から付け足す。
運転手の「ゆっくり」という言葉から、急ブレーキで体勢を崩されることを警戒しているのがわかる。それだけ警戒されていてはろくに隙も生まれないだろう。打つ手がない。
「……わかった」
僕は返事をして、徐々にアクセルを踏む力を緩める。スピードメーターの針が穏やかに戻っていく。
このまま止まってしまえば、後ろの車から仲間が乗り込んできてバスジャックは完遂される。人質を返してほしくば、とバス会社に身代金を要求するのだろうか。抵抗した僕は痛めつけられ捨てられるのかもしれない。
奥歯を噛み締める。
悔しかった。恐怖より悔しさが勝っていた。一緒に初めての三年記念日を迎えたかった。
僕はこれからも彼女との時間を続けていきたかったのに。
「おい緩めろっつってんだろ。わかってんだぞ」
再び側頭部に痛みが走る。緩めたフリをしながらアクセルを踏み続けていたことがバレたようだ。
「お前を撃って俺が自分で止めてもいいんだからな」
人を脅し慣れている声で、運転手は僕の頭を拳銃で殴るように小突いた。「う」と声が漏れる。
くそ、と心の中で毒づきながら、僕は運転手の言う通りにアクセルから足を離した。窓の外を流れる景色が少しずつ速度を落としていく。
そのときだ。
ぱんっ! と大きな破裂音がした。
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