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「どうしたの明日実。喉でも渇いた? コーラ、烏龍茶、アイスコーヒーならあるけど」
「ありがとう。相変わらず修人くんは用意周到だね」
隣の席に座る明日実は笑みを浮かべるが、いつものような明るさはない。僕は取り出した三種類のペットボトルをリュックにしまう。
何かに乗り上げたのか、がたんと高速バスが揺れた。山道だから石でも踏んだのかもしれない。
「実は」と彼女は笑みを消す。
「私、まだ彼氏と三年記念日したことないんだよね」
「へえ。じゃあ僕が初めて三年続いた彼氏ってことになるね」
それはなかなか悪くない。まだ誰も到達したことのない場所に自分の足跡を残したくなるのは男の性だ。
僕たちが付き合い始めて明日で三年になる。これまで些細な諍いはあれど仲良くやってるし、三年到達はほぼ確定だろう。今日なにか未曽有の大事件でも起こらない限り僕たちの関係は続いていくはずだ。
しかし明日実は首を横に振った。
「ううん、そうじゃなくて」
「ん?」
隣を見れば、明日実はなぜか肩を落としていた。その顔は俯いていて、何かに怯えているかのようだ。
「どうしたの。あ、もしかして温泉苦手とか」
そういえば僕が彼女を「三年記念日は温泉でも行かない? せっかくだし」と誘ったときもあまり乗り気ではなさそうだった。
普段泊まらないような一泊二食部屋食付きの旅館を予約したときもなんだか浮かない顔をしていたし、今日も口数が少ない気がする。
けれど明日実は首を振る。そういうわけでもないらしい。
じゃあどうしてこんな顔を、と思ったところで彼女は口を開いた。
「私、呪われてるの」
「呪い?」
「うん」
明日実の口から出た言葉の突拍子のなさに僕は戸惑う。
呪い? そういうオカルト的なの好きだったっけ。それともこれは彼女なりのギャグなのか?
しかし明日実は深刻そうな表情を崩さない。
「……修人くん、私ね」
彼女が口を開くと同時に、またバスががたんと大きく揺れた。
そして、停車する。こんな山道でどうして。
「三年記念日を迎えられない呪いにかかってるの」
突然ガラスの割れる音が車内に響いた。短い悲鳴が上がる。
それとほぼ同時にバスの扉が乱暴に開かれ、黒い覆面姿の屈強な男たちが何人もばたばたと車内になだれ込んできた。
右手には、黒光りする武器を構えている。
「このバスは占拠した。大人しくしろ。騒げば撃つ」
瞬く間に僕たちの乗っているバスはジャックされた。
未曽有の大事件だ。
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