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第2夜「ブランデークラスタ」
「…そろそろ行かなきゃ」
わかっている。
あなたにもう時間があまりないこと…。
でも、もう少し一緒にいたい。
「あとカクテル一杯分、一緒にいてくれない?」
「…わかった。」
私はカウンターの奥でグラスを磨いている
バーテンダーに声をかけた。
「すみません」
やってきたのは、どこか中性的で
とても美しいバーテンダーだった。
「お呼びでしょうか?」
「私とこの人に何かカクテルをお願いします」
一緒にいることばかりを考えていて
何のカクテルを頼むことすら決めていなかった。
「何を飲む?」
「君と一緒でいいよ」
どうしよう…
美しいバーテンダーは微笑んだまま
私のオーダーを待っている。
「えっと…」
私が言い淀んでいると、
「もしお決まりでなければ、私の方で何かご用意
致しましょうか?」
「は、はい…!」
バーテンダーは微笑んで、
「苦手なお酒やアレルギーは何かございますか?」
「いえ、私はないです」
「僕も大丈夫です」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
バーテンダーは棚からワイングラスを2つ取り出すと
グラスの淵に白いモノをまとわした。
…塩?かな…
「こちらはお砂糖です。スノースタイルは
大丈夫ですか?」
「は、はい!」
やだ…心の声が漏れてたのかな、私…
お砂糖をまとわせたワイングラスに
バーテンダーはレモンの皮を螺旋状に剥いたものを
中に入れた。
見たことも飲んだこともない感じに
貴重な時間なのも忘れて2人で見入ってしまう。
あざやかな手つきでいくつかの材料をシェーカーに
入れたバーテンダーは
軽やかな仕草でそれをリズムカルに振る。
それは華奢な身体からは想像もつかないほど
力強く、それでいてしなやかで…
とても美しかった。
「お待たせしました。」
琥珀色とピンク色との中間のような液体を
螺旋状のレモンが包むような感じのカクテル…
「ブランデークラスタです」
「ブランデークラスタ…」
「少し強めのお酒なので、ゆっくりお楽しみ下さい」
「あの…」
「はい…」
「このカクテルを作ってくださったのはどうして…?」
「これは…カクテル言葉から選んでみました」
「カクテル言葉…?」
「カクテルには花言葉みたいにそれぞれ言葉が
あるんです」
「なんだかロマンチックだね」
彼が笑うのをどこか他人事のように感じながら
私はたずねた。
「ちなみにブランデークラスタのカクテル言葉は…?」
バーテンダーは微笑むと、
「『時間を止めて』です。」
「え…」
もしかして、私たちの話を聞いてたの?
…ううん、この人はかなり離れたところにいたわ…。
「ごゆっくりどうぞ」
私たちにそう告げて、
彼はまた少し離れたところへと戻っていく。
その時、入口から女性が1人入ってきた。
「こんばんは、ユウくん」
「いらっしゃい、香里奈ちゃん」
…ユウくん…て名前なんだ。
「百合香?どうした…??」
「あ…なんでもないわ」
そのカクテルはすっきりとした甘さのものだったけど
少し苦くも感じた…。
〜ブランデークラスタのカクテル言葉〜
「時間を止めて」
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