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第4夜「エル・ディアブロ」
その2人は恋人でも友人同士でもなかった。
女性は男性に好意を持っているように見える。
確かに男性はワイルドな風貌のイケメンではあるが、
おそらく堅気の人物ではないと思われた。
「なんだか…酔っちゃったみたい」
男性にぐったりとしなだれかかっている女性の前には
カルーア・ミルクのグラスがあったが、
僕が視線を逸らした時に
何か入れられているかもしれなかった。
あの甘い味と不透明なミルク色のカクテルは
残念ながらお酒にあまり強くない女性に仕掛けるには
容易いカクテルとされることが多い。
「何かあっさりとした味のカクテルにしようか?」
男性が彼女に甘くささやくと、
「君、ちょっと!」と僕を呼んだ。
「ご注文でしょうか?」
「こちらの女性に何かカクテルを頼む」
「かしこまりました」
男性は女性に見えないようにカウンターに
何枚かのお札を滑らせてささやいた。
「強めの酒を頼むよ、バーテンダーさん」
はい…??
こんなにベロベロになっている人に?
「…かしこまりました。少々お待ちください」
僕はそのお札を握ると、
カウンター奥にいる若菜ママの元へ行き、お札を
渡してあるお願いをした。
そしてカウンターに戻ってきた僕は
あるカクテルを作るべく、棚からテキーラと
クレーム・ド・カシス、そして冷蔵庫から
レモンジュースとジンジャーエールを出した。
タンブラーに氷を入れて、メジャーカップでそれらを
測ってタンブラーに入れてビルドする。
くし切りのレモンをふちに飾って…。
真紅のカクテルを作って彼女の前に置いた。
「お待たせしました。エル・ディアブロです」
「エル・ディアブロ?なんか、真っ赤でキレイ〜」
隣でニヤニヤと笑う男性。
「お客様、カクテルには花言葉のように
カクテル言葉があるのをご存知ですか?」
「へえ〜…知らなかった。
じゃあ、このカクテルにもあるの?」
「はい。」
僕は女性に少し近づいて言った。
「カクテル言葉は『気をつけて』です」
「え…?」
女性の顔に驚きの表情が浮かぶのと同時に
「てめえ、余計な…」
男性が声を荒げたその瞬間、
後ろから声がした。
「よお、真司。久しぶりだなあ」
えっ、という顔になって振り向いた男性は
途端に顔面蒼白になると立ち上がった。
「あ、兄貴…!!ど、どうしてここに」
そこにいたのはレベッカ姐さんだった。
「今は兄貴じゃねえぞ。口、気ぃつけろや」
「は、はいっ!!すんません、姐さん!!!」
女性になる前は任侠の世界にいたレベッカ姐さんを
呼んで欲しいと若菜ママにお願いしたのは僕だ。
「あたしの島で何ちょろちょろしてんだ、真司」
姐さんの声はいつもの静かなトーンではなく、
ドスの効いた低音に変わっている。
「すんません、姐さん!!」
「堅気のお嬢さんに変なモノ飲ませたんか!?
何さらしとんじゃ、われ!」
「かっ…勘弁して下さい…!!」
男性はぺこぺこと頭を下げると
女性を残して逃げ出した。
「お嬢さん、大丈夫?」
途端に「女性」に戻ったレベッカ姐さんに
声をかけられて、女性も酔いが覚めたのか、
ビクビクしている(笑)
「あら、お金返しそびれちゃったわ」
若菜ママがあはは…と笑ってお札を姐さんに渡した。
レベッカ姐さんはそのうちの数枚を女性に差し出して
「これでタクシーを拾って帰んなさい、お嬢さん」
「は…はい」
「残りでここの支払いは足りる?」
「充分です」
僕と若菜ママは笑って答えた。
(レベッカ姐さんのことは
「シエスタへようこそ」第1夜でね)
〜エル・ディアブロのカクテル言葉〜
「気をつけて」
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