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「あの、この前奢ってもらってしまって……お礼ができなかったので、これ……」
「えっ、わざわざ準備してくれたの?」
「よかったら、貰ってください」
差し出された小さな紙袋には、楢崎でも知っているような、少しお高めのチョコレートの店のロゴが。
学生の彼にとって、きっと安い買い物ではなかったはず。自分のために準備してくれたのだと思うと、胸がキュンとした。彼にはいつもキュンとさせられてばかりだ。
「ありがとう、頂くよ」
そう言って袋を受け取ると、彼はホッとしたような笑顔を見せてくれた。何その顔可愛い。
「あの、中身チョコレートなんですけど、甘いもの平気ですか?」
「うん、好きだよ」
「よかった……あ、なんか、この時期にチョコって……ちょっと遅めのバレンタイン、みたいになっちゃいましたね」
照れ照れと恥ずかしそうに笑う彼に、胸がズキュンと撃ち抜かれた。今度こそ心臓が無事で済まなそうだ。誤魔化しきれなくて、服の上からぎゅっと自分の胸を抑えつけた。
「楢崎さん? 大丈夫ですか?」
「ああ、何でもないよ。大丈夫大丈夫」
何でもない風を装って、すうっと大きく深呼吸する。吸って、吐いて、吸って……よし、落ち着いた。
「バレンタインなんて言われたら、ちゃんとお返ししないとね」
「えっ、あ! そういう意味で言ったわけじゃ……!」
「あはは。大丈夫、わかってるよ」
お返し目当てじゃない、とあたふたとしている姿がまた愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「この前楽しかったから、このお礼も兼ねてまた誘いたいんだけど……連絡先聞いてもいい?」
「はい、もちろんです」
「そっか、よかった」
——我ながら、今のは自然に聞き出せたのでは?!
彼にはスマートな笑顔を見せつつ、内心では大きなガッツポーズをした。やっと連絡先を手に入れられたのだ。気分が舞い上がってしまうのも無理はない。
「俺、QRコード出しますね」
「あれ……どうやって読み込むんだっけ?」
「えっと……ちょっと失礼します」
楢崎のスマートフォンを覗き込むために、ぐっと平良の顔が近付いた。
ドキン、と心臓が跳ねた。
——やばいやばい近い近い! 可愛いまつ毛長いなんかいい匂いする!
「……はい、これで完了しました」
「あ、ありがとう……」
楢崎が混乱しているうちに、平良の手によってあっという間に連絡先の交換が完了していた。やはり、こういったアプリの使い方は若者の方が詳しい。バクバクと音を立てた心臓が一向に落ち着かない。
「引き止めてしまってすみません。俺、そろそろ仕事に戻ります」
「いや、こちらこそ。話に付き合ってくれてありがとう。また連絡するね」
「はい。待ってます」
楽しい時間はあっという間で、思ったより長い時間立ち話をしていたようだ。名残惜しかったが、これ以上仕事の邪魔をするわけにもいかない。軽く挨拶をして、ジムを出た。
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