519人が本棚に入れています
本棚に追加
家に帰って、スマートフォンをみる。メッセージアプリの友達に追加された『平良 晴斗』《たいら はると》の文字を見て、自然と口元が緩んでしまう。
——平良晴斗くん。はるとくん、っていうのか……
ずっと知りたかった名前も連絡先も聞くことができて、嬉しかった。恋愛対象としてみてもらえることはないと分かっていても、仲良くなれたことが嬉しい。自分のこと考えながら選んでくれたプレゼントが嬉しい。
さっそくらコーヒーを淹れて、頂いたチョコレートの箱を開けた。中には丸くておしゃれなチョコレートが6個入っていた。そのうちひとつを摘んで、口に運ぶ。
——うん、美味い。
甘いけど、甘過ぎない。大人の男が好みそうな味だった。とてもコーヒーに合う。
チョコレートは先週、会社でたくさん貰った。中にはこれより高級なものがあったけど、平良から貰ったチョコレートは、ほかのどれよりも美味く感じる。他のものを貰った時よりも、平良から貰った時が一番嬉しかった。
大事に食べよう、と一粒だけ食べて箱に蓋をした。包装紙やリボン、紙袋も綺麗に畳んで、スカスカの食器棚の中にしまった。
残ったコーヒーを飲みながら、キッチンの換気扇の下で煙草に火を付けた。料理を一切しない楢崎の家のキッチンには調理器具は何もない。灰皿がひとつ、コンロの横に置いてあるだけ。
本当はすぐにでも連絡したかった。だが、楢崎は我慢した。連絡先を交換してすぐになんて、がっついていると思われてしまう。彼に、あまり余裕のないところは見せたくないのだ。
だから我慢して我慢して、日曜日の夜に連絡した。
『こんばんは。昨日お話したお礼の件だけど、来週の土日は予定どうでしょう?』
ただの短いメッセージだが、これを送信するまでに30分もかかってしまった。何度も文字を打っては消して、打っては決してを繰り返し、おかしいところがないか何度も読み返してやっと完成したのが、この飾り気のない文章である。
今の若い子は絵文字を使わないとネットで見た。あと、長い文章は嫌われるとも書いてあった。だから、このくらい簡潔な方がいい。
30分くらいして、連絡が返ってきた。本当は、すぐに既読をつけると気持ち悪がられるので良くない、とネットに書いてあったが、我慢できなくて速攻開いてしまった。
『こんばんは。お誘いありがとうございます。
来週の土日なら、どちらも大丈夫です』
よし、と大きくガッツポーズをした。
『では、土曜日にしましょうか。食べられないものはある?』
『わかりました。食べられないものはないので、何でも大丈夫です』
『了解です。また日が近くなったら、詳細を送りますね』
『はい、楽しみにしています』
「た、楽しみにしてるって……!」
社交辞令でも嬉しい。来週の土曜日か楽しみで待ちきれない。
2回目の食事。前回は平良が店を決めたので、今回は楢崎が決める番だ。前回と同じようないい感じの居酒屋でもいいが、意識して欲しいので、ちょっとお高めのいい店を予約しようと思った。
——『意識して欲しい』。
いつの日か鎌田に言われた"欲"が出ていることに、この時の楢崎はまだ気付いていない。
最初のコメントを投稿しよう!