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4.本気で好きになった人
平良と出会ったバレンタインの夜から、半月が経った3月頭。
この週、楢崎はバー『フリーダム』には行かなかった。
別に毎週欠かさず行っているわけではない。仕事が立て込んでいて行かないときもあるし、疲れていて行かないときもある。
今回は、そのどちらでもない。明日の平良とのデートへ最高のコンディションで行くために、早く帰ってゆっくり休みたかったからだ。
明日の計画はもうバッチリだ。起きていつものルーティンをこなし、ジムへ行って平良に会って一旦帰る。そして平良のバイトが18時までなので、18時半に駅に迎えに行き、予約した店で食事をした後、日付が変わる前に平良の家まで送って行って、終了。よし完璧。
なぜ日付が変わる前なのか。それは、送られる方に気を遣わせないためである。ネットの何かのページに書いてあった。
*
『着きました』
『了解、ロータリーで待ってて』
『わかりました』
平良から連絡が来たのは、約束の10分前。楢崎も今回は早く着かないように意識したので、同じ頃に駅のロータリーに到着した。
背が高い平良は目立つのですぐに見つかった。楢崎の姿を探しているのか、きょろきょろとあたりを見回している。高級SUVの窓を開けて、小さく手を振りながら声をかけた。
「平良くん、こっちこっち!」
「楢崎さん! お疲れ様です」
「お疲れ様〜、助手席乗って?」
「はい」
後部座席ではなく助手席に座って欲しくて、あえてそう言った。お願いします、と言いながら平良が助手席に座る。
黒い高級SUVの車内は広々としていて、大男2人が並んで座っても、全く窮屈に感じない。
「すごい、良さそうな車……」
「いやいや、そんなことないよ」
「俺、皮のシートの車、初めて乗りました……!」
買うときに営業マンの口車に乗せられて、必要ないのに本革シートにグレードアップして後悔していたが、そのおかげで平良が嬉しそうにしている。グレードアップしてよかった。あの時の営業マンに感謝した。
「どこまで行くんですか?」
「ここから15分くらい走ったところ。ゆっくりしてていいよ」
「はい……」
ゆっくりしてて、とは言ったものの、平良はずっと落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。上京したばかりの学生は車なんて持っていないので、行動範囲が駅周辺になりがちだ。だから、物珍しいのだろう。
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