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特に渋滞にはまることなく、予定通り目的地に着いた。
楢崎が予約していたのは、少しお高めな懐石料理店。車を止めて店に入ると、黒いスーツに身を包んだスタッフがやってきた。
「いらっしゃいませ」
「予約していた楢崎です」
「楢崎様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
慣れない高級店に、平良はガチガチに緊張した様子だった。可愛いな、と思いつつ、緊張をほぐすためにポンポンと背中を叩いてやる。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ほら、行こう」
「は、はい……」
案内された席に座っても、なかなか平良の緊張は解けない。落ち着かない様子できょろきょろと店内を見回したり、飲み物のメニュー表を見たりしている。
「何か飲む? お酒でもいいよ」
「楢崎さん車なのに、俺だけ飲むのは……」
「いいのいいの、気にしないで。俺は平良くんが満足してくれたら、それでいいから」
遠慮しないで、と笑いかけると、平良はこくりと小さく頷いた。
ビールとウーロン茶で乾杯すると、コース料理が運ばれてきた。平良は前菜やスープにも美味いと感動しながら食べていた。グラスが2杯分空になることには、すっかり緊張が解けたようで、いつもの控えめで可愛い笑顔を見せてくれるようになった。少し酔ってしまったのか、ほんのり頬が赤くて、表情も普段よりふにゃふにゃとしている。その顔が見れただけでお腹いっぱいになりそうだ。
メインのステーキが運ばれてきたときなんて、わあ、と嬉しそうに声を上げていた。可愛かったので自分の分を半分あげた。
「えっ、楢崎さん、いいんですか?」
「いいよ、食べて。俺もう、お腹いっぱいになってきたし」
本当にお腹いっぱいだ。胸もいっぱい。色んな意味で。
ステーキがそんなに嬉しかったのか、ぱあっと表情が明るくなった。そしてとびっきりの笑顔を楢崎に向けた。
「楢崎さん、ありがとうございます!」
酒が入っていたせいか、顔が赤くて、ふにゃふにゃしていて。出会ってから一番可愛い笑顔だった。
——ああ、連れてきて良かった……
緊張しすぎな彼をみて、失敗したかと不安になったが、それは楢崎の勘違いだったようで安心した。こんなに喜んでくれているのだ。本当に、連れてきて良かった。
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