4.本気で好きになった人

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 食後のデザートとコーヒーもしっかり頂いて、食休みをしてから店を出た。会計は、平良がトイレに立った隙に済ませた。  せっかく格好良く決まったと思ったのに、遠慮がちな平良は自分にも払わせてくれと楢崎に札を押し付けてきた。「カード派だから」と訳のわからない理由を付けて断った。何度もそのやりとりをして、やっと平良が折れてくれた。 「次こそ、俺に払わせてください」  平良は真剣な顔でそう言っていたが、"次がある"という都合の良い解釈をしてもいいのだろうか。嬉しくてニヤけてしまいそうになるのを必死で堪えた。  帰りも来たときと同じように、助手席に平良を乗せて、車を走らせる。自宅まで送ると言って住所を聞いてナビにセットした。ここから30分ほどで着きそうだ。  発車してからすぐは、今日の料理のことなど話していたが、だんだん口数が少なくなり、しばらくすると平良は話さなくなってしまった。どうしたんだろうか、と赤信号で止まった隙に助手席の方を見ると、シートに大きな体を預け、気持ちよさそうに眠っていた。  バイト終わりで疲れていたのかもしれない。酒を勧めすぎたか、と少し反省した。車窓から入る街灯の光が、彼のあどけない寝顔を照らしている。寝顔も可愛いな、と思ったら自然と手が伸びた。  起こさないように、そっと頭を撫でる。初めて触れたウェーブのかかった黒髪は、自分の硬質なものと違って柔らかかった。  そんなことをしていたせいか、信号が青に変わっていたことに気付かなかった。後ろの車から、短くクラクションを鳴らされ、慌ててアクセルを踏んだ。 「……ん……あれ、俺、寝て……」  急発進したせいで目が覚めたのか、平良がゆっくりと目を開けた。 「ごめん、起こしちゃったな。もうすぐ着くけど、まだ寝てていいよ」 「いえ……すみません、運転してもらってるのに、寝てしまって」 「全然気にしないで。バイトで疲れてたんだろ」  少し眠って酔いが覚めたのか、平良の顔からはすっかり赤みが引いていた。眠たそうな目を擦りながら、シートの上で身じろいで姿勢を正した。 「あの、楢崎さん……」 「うん?」 「楢崎さんは、今日みたいな店、よく行くんですか? 会社の後輩とか、連れて……」 「えっ?」  意外な質問が飛んできて、正直驚いた。 「その……慣れてそうだから、よく行ってるのかなと思って……」 「いやいや、慣れてないよ」  ——平良くんだから、今日は特別だよ。  本当はそう言って超意識させたかったが、そんなことはノンケ相手に死んでも言えないので心の内に閉まっておく。
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