1.癖ある理想を持つ男

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*  バレンタインの日も変わらず、いつも通り少し残業をしてから楢崎は会社を出た。  その後向かったのは自宅ではなく、とある街の二丁目にあるバー『フリーダム』。  女性禁制、男性のみ入店可のその店は、楢崎のような人が集まる飲み屋だ。 「よお、マスター」 「あっ、楢崎さんいらっしゃい」  10年近く通っているせいか、すっかり常連となってしまった。店に入ってすぐカウンター席に座ると、何も言っていないのにマスターがビールの入ったグラスと灰皿を出してくれた。キンキンに冷えた黄金のビールを流し込むと、アルコールが全身にまわって気持ちが良い。今日の疲れが半分ほど一気に飛んでいってしまった。  カウンター席が8席、テーブル席が2つしかない小さな店だが、いつも週末はそれなりに混んでいる。だが今日はそうでもないようで、楢崎の他に客は2人しからいない。しかもその2人も常連で、楢崎もよく知っている2人組だ。 「あれー、楢崎さんじゃん。バレンタインなのに、なにひとりで寂しく飲んでんのさ?」 「変な性癖のせいでフリー極めてんだろ」  絡まれるだろうな、と思っていたらさっそく絡まれた。 「いやいや、お前らもフリーだから人のこと言えないだろ……」 「違います〜! 僕はちゃんと狙ってる人いるから、変な性癖の楢崎さんとは違います〜!」 「俺も引っ掛けようと思えばイケるから、変な性癖の楢崎さんとは違う。まだ若いし」 「そうそう。僕らまだ若いもん」  一人称が『僕』で可愛こぶって喋る方が加賀美(かがみ)。そして、無愛想で生意気なことを言っている方が鎌田(かまだ)。2人とも楢崎とは違い、スーツではなく私服姿で一見学生に見えるが、たぶん学生ではない。  ここで2人に初めて会ってからもう5年は経っているはずなので、とてもな事情がなければ、ふたりとも立派に社会人をしているはずだ。  彼らはよく2人で来ているが、恋人同士ではない。彼ら曰く、腐れ縁らしい。  それに、いくら仲がよくても2人が付き合っていない理由は楢崎にも分かる。それは、ふたりとも"ネコ"だからだ。 「ってか楢崎さん、その紙袋なに? どっか行ったお土産?」 「ああ、これは……お土産じゃなくて、会社で貰ったチョコ」 「うわっ、めっちゃあるじゃん……楢崎さん、モテモテなんだね」 「……これ食いたい。食って良い?」 「いいよ、好きに食って」  これらをくれた女性社員には申し訳ないと思いつつ、チョコレートの入った紙袋を2人に渡した。  嬉しそうに紙袋の中をガサゴソと物色する2人を見て、こいつらモテるんだろうな、と楢崎は思った。
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