4.本気で好きになった人

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「今日はお礼も兼ねてるから、特別!」  代わりに出てきたのは、とんでもなく無難なセリフ。意識してもらいたかったのだから、もう少し気の利いたことが言えたらいいのに。  自分の情けなさに、顔に出ないようにがっかりしていると、となりで平良が嬉しそうに笑っているのを視界の端に捉えた。 「ふふ……特別、ですか」  ——あれ、嬉しそう……?  どういうことだ、と気になったが、そんな確信をつくようなことは聞けるはず無く。何もわからないまま、カーナビの『目的地に到着しました』の声が車内に流れる。 「着いたみたいだけど……どのアパート?」 「はい、正面の右側のやつです。ここで大丈夫です」  平良が指差したのは、いかにも学生が住んでいそうなワンルームのアパート。昔は自分もあのようなアパートに住んでいたので、少し懐かしい気持ちになる。 「楢崎さん、今日はありがとうございました。ごちそうさまでした」 「こちらこそ、ありがとう。また連絡するね」 「はい、またお願いします」  じゃあ、と軽く手を振って、楢崎は車を走らせた。バックミラーでちらりと確認すると、平良はまだ家に入らず、立って楢崎の車を見送っていた。律儀だなあ、と思った。でもやはり冬の夜は寒いのか、手をさすり合わせて頑張って耐えている姿が可愛くて、自然と笑みが溢れた。    平良が当たり前のように"また"と言ってくれることが嬉しかった。次があると、嫌われていないという自信が持てる。こう見えても、格好いいと思われたくて頑張っているのだ。今日のプランだって練りに練って、お店もめちゃくちゃ調べて、平良に楽しんでもらうためにしっかり準備したのだ。そのおかげで大成功だ。    さきほど別れたばかりなのに、もう会いたくて。次はいつ誘おうか頭の中でプランを立てる。  さすがに毎週は鬱陶しいと思われてしまいそうなので、再来週がいいかな。来週はジムに行って少し話す程度にして……あと、水曜日も出勤しているらしいので、水曜日も行ってみようか。    浮かれていて、約束していないのに次の予定まで立ててしまう楢崎。  しかし、この後仕事に忙殺され、しばらく平良と会うことすら叶わなくなることを、この時の楢崎はまだ知らない。  
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