2.ノンケは好きになっちゃ駄目

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 既婚者が好き、と言っている加賀美の忠告は身に染みた。お近付きになろう、なんて思わないでちょっと遠くから眺めるだけにしよう。明日、ジムに行ったら会えるだろうか。  そんなことを考えながらぼうっとしていると、あっという間に最寄駅に着いた。  楢崎の住むマンションの最寄駅は、閑静な住宅街ではなく、商業ビルが並ぶそれなりに大きな駅だ。夜遅い時間だというのに駅前は明るくて、それなりに人が歩いている。仕事ができる管理職の独身男性は、稼げる額が多い。仕送りなど出費はそれなりにあるが、ちょっと良い立地にマンションが買えてしまうのだ。 「おい、てめぇ! どこ見て歩いてんだよ?!」  駅から徒歩3分のマンションに歩いて向かっていると、どこからか男の怒鳴り声が聞こえた。そんなに治安は悪くないはずのこの場所で珍しい、と声のした方を見て、楢崎はハッとした。  二人組のチンピラに絡まれている青年が、背が高くてガタイが良くて、楢崎の好きなタイプまさにそのものだったのだ。  大きな体に、フワフワのダウンジャケットを着ているせいでモコモコして可愛い。下はスポーツブランドのスウェットパンツ、その体格に見合った大きなスニーカー。深めにニット帽を被っているせいであまりよく見えないが、堀の深い顔立ち、切れ長だが少し垂れた目尻、ニット帽から伸びるウェーブのかかった髪は、肩につくかつかないか程度の長さだ。 「おい、腕折れちゃったじゃねーか! どうしてくれんだよ?」 「す、すみません……」  体は大きいのに、チンピラに絡まれて怖がっているのか、手が少し震えていた。  まるで凶暴な敵を目の前にし、動けなくなってしまった子熊ちゃん——よし、助けよう。 「はいはい、お兄さんたち。ちょっとやりすぎじゃないですか? こっちのお兄さん、謝ってるし、許してあげなよ」  急に割って入った楢崎を、チンピラたちはぎろりと睨み付ける。 「なんだよ、オッサン! 邪魔すんなよ!」 「邪魔も何も……もういいだろ。ぶつかったくらいで腕なんて折れてないだろうし」 「うるせえ、ぶっ飛ばすぞ!」  頭に血が昇ったチンピラは、楢崎に襲いかかってきた。殴ろうとして振りかぶった腕を見て、咄嗟に避けようとしたが、 「あ、危ない……!」  背後から青年の声がして、避けるのをやめた。  ——だって、もし彼に当たったら大変じゃないか。 だから、チンピラの腕を掴み動きを封じて足を薙ぎ払い、あっという間に地面に抑えつけ腕を捻り上げた。少し体重をかけると、地面に倒したチンピラから「ぐえっ」と情けない声が上がった。 「あっ、ここまでやるつもりはなかったんだが……どうする? 警察呼ぶ?」 「ひ……っ、す、すみませんでした!」  腕が折れていたはずの方のチンピラは、腕をぶんぶん振りながら走って逃げていった。地面に抑えつけ方のチンピラも解放してやると、すごい速さで逃げていった。
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