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昨夜の衝撃的な出会いが忘れられない。
土曜日、目が覚めるともうすぐ昼になりそうな時間だった。
昨日帰ってから、今起きるまで、頭の中を占めるのはあの子熊ちゃんだ。
『楢崎さん、ありがとうございました。』
こんなふうに呼んでもらえるなら、下の名前を答えたらよかったのでは。
『龍一さん、ありがとうございました。』
「ううっ!」
想像したら胸がキュンキュンしすぎて痛くなったので、楢崎は飛び起きた。
——駄目だ、駄目だ。こんなことをしていたら駄目だ。おっさんがひとりで好きな子のこと考えてるのなんて、気持ち悪すぎるだろう。
バチン、と両手で頬を叩いた。寝ぼけているからいけないんだ、と一人暮らしにしては大きすぎるクイーンサイズのベッドから抜け出して、バスルームへと向かった。
楢崎が暮らすのは、駅近マンションの15階の2LDKの部屋だ。リビング、ダイニングのほかに広い寝室と今は使っていない洋室がある。ファミリーも住めるように設計されたこの家には、広いバスルーム、大きな洗面台そして大きなシステムキッチンなど、男一人暮らしには贅沢なものまで完備されている。楢崎は料理をしないので、キッチンはほぼ新品のままだ。
この部屋は5年前に新築で買ったものだ。一人暮らしなので、正直もっと狭い部屋でもよかったのだが、いつか身体の大きな恋人を迎えても大丈夫なように、と広い部屋を購入した。身体の大きな恋人と一緒に寝ることを夢見て、頑丈で大きなクイーンサイズのベッドを購入した。しかし、その楢崎の思いは、いまだに叶えられていない。
それほど長い間、楢崎は恋人にしたいほど好きな人に出会えていなかった。しかし昨日、やっと出会えた。
落ち着け落ち着け、と頭から熱いシャワーを浴びる。恋には落ちたが、あの子熊ちゃんの名前も何も知らないではないか。知っているのは、ここから2駅離れた場所に住んでいることくらい。駅で待ち伏せなんて、ストーカーみたいなことは絶対にしたくない。今の楢崎には、また会えますようにと願うことくらいしか出来ないのだ。
こんなに胸を焦がしても、何も出来ないなら考えない方が気が楽だ。
気分転換にジムでも行くか、とバスルームを出て、着替えてと身支度を済ませる。洗面台の前で髪と髭を整え、家を出た。
いつも通うジムには、いいなと思っていたあの子がいる。今週も会えたらいいな、と思いながらジムへ向かった。
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