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いつも通うスポーツジムは、自宅から歩いて10分程度のところにある。ジムに行ってから着替えるのは面倒なので、いつもジャージに着替えて、タオルや飲み物など最低限の荷物だけ持って行く。
完全会員制で、契約さえしてしまえば、営業時間内ならいつでも好きな時に入れる。トレーニングマシンやプール、シャワールームや大浴場まで完備されている、ここら辺では1番大きなスポーツジムだ。
会員証のカードキーをかざして中に入る。すると、入り口のカウンターで作業をしていたスタッフが、作業の手を止めて顔を上げた。
「こんにちはー……あっ!」
「えっ……ああ、昨日の!」
入り口のカウンターにいたのは、楢崎が会いたくて仕方がなかった子熊ちゃんだった。しかも、以前からいいなと思っていたジムの受付の子と同一人物だったのだ。
服装や髪型など昨日とは雰囲気が違って、気付くのが少し遅れたが、間違いなく彼だ。
「ここの会員だったんですね」
「うん。君こそ、ここで働いていたなんて……」
「偶然、ですね」
そういって小さく笑った彼に、ズキュンと胸を打たれた。
今日ほど偶然に感謝した日はない。
ニット帽で隠されていた額は、長めの前髪を真ん中から分けているおかげでしっかりと見える。昨日は降ろしていた髪は、後ろで1本に結ってあって、首筋が丸見えだ。そして、スタッフの正装であると思われる、半袖のポロシャツを着ていた。昨日は覆い隠されていた二の腕は、筋肉でガチガチだった。胸と肩周りは、ポロシャツの上からでも発達した筋肉が丸わかりだ。
正直、目が離せない。気を抜いたらガン見してしまいそうだ。
胸ポケットについた名札に平良と書いてあるのが見えた。名前を知って少し嬉しくなった。
「あの、せっかくここで会えたので、やっぱりお礼をさせて欲しいんですが……」
「いや、そんな、お礼なんてしてもらうほどでは……」
「迷惑、でしょうか……?」
しゅん、と悲しそうに眉を寄せた彼を見た瞬間、頭をバッドで殴られたような衝撃が走った。
——悲しませてどうすんだ?!
内心の焦りを悟られないように、極めて冷静に、格好付けて、楢崎は色々な人に評判がいいあの顔で、にこりと笑った。
「じゃあ、今日の夜メシ、付き合ってもらえるかな?」
「は、はい! 奢らせてください!」
ぱあ、と彼の顔が明るくなった。
ズキュン、とまた胸が打たれた。
この頭の衝撃、胸の痛み、間違いなく楢崎は恋に落ちた。
『ノンケは好きになっちゃ駄目』と忠告してくれた加賀美に心の中で頭を下げた。
——ごめん、完全に好きになった……。
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