別れの時

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 我々の主君は滅ぼされ、多くの家臣たちが彼らと運命をともにした。我が国の古にも、異国の例にも、こんなにも簡単に、ほぼ抵抗することもなく潔く歴史の舞台から姿を消した一族もいないであろう。ーーそして、我々はともに死ぬことを許されなかった。  我々が主君と出会ったのは約150年前。彼らは〝お石様〟の秘密を知っていた。〝お石様〟とは、空から飛来した言葉を発する巨石である。〝お石様〟の発言は絶対であり、我々は中央に出て主君を支えた。国元に残った者たちは、〝お石様〟の祭祀を厳重に執り行った。  ある時、〝お石様〟は主君の滅亡を予言した。我々は衝撃を覚えた。偽りと裏切りの果てにすべてを奪われ、ひとところでの生活を強いられた我々を必要とし、正義と公正を求めた主君を失うことなど、もはや考えられないことであったからだ。  主君の節制と賢明な政により保たれた平和な時は、しかし、突然打ち破られた。海の向こうから邪悪なものどもが攻め込んできたのである。ーー我が主君がなぜ異例な形で政権を握ったのか。それは、この日のためだったのだ。  主君は、かつて我々を追い落とした政権を支配下に置くことに成功していた。彼らは強力な呪力を封じ、同時に、解放する力を有していた。主君は、この危機的な状況において、国家的にそれを発動させることを彼らに決断させたのである。  魔は我が国を侵すことを断念した。我が国の勝利であった。しかし、我々にもわかった。もはや主君の一族にかつてのような力が失われていたことに。  その時は、確実に迫っていた。主君は静かにそれを受け入れ、……滅びた。そして、誰よりも主君に忠義を尽くしたいと願った我々が、〝お石様〟の言に従い、主君に殉じることをことができない無念に苦しんだ。なぜならば、魔が再び、しかも巧妙な形で我が国を襲う時に、復活を遂げた主君に気づき、魔を討つ手助けをするのが我々の役目だという理由であった。  戦いに勝利したあの日のことが、我々の記憶から消え去ることは決してない。それは、我々が〝お石様〟に強く訴えたためである。  「我々を生かすかわりに、どうか今日という日を、子々孫々忘れぬようになさってください。滅びてしまう主君のかわりに、我々はそれを決して忘れぬように」  我々は生きる。いかなる形で復活を遂げるかわからぬ主君にを迎えるその時まで、〝お石様〟の言葉を聞き、命をつなぎ、物語をつむぐのだ。
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