バレンタイン

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バレンタイン

バレンタイン。 この日、菫は榊を自分の部屋に招待していた。手作りチョコを振る舞う為だ。 オフホワイトのゆったりしたセーターに、ワインレッドのロングスカート。髪をハーフアップした姿で出迎えた菫を見た榊は、一瞬見惚れる。 「晃さん?」 「可愛い」 ふわりと頭を撫でられ、菫は恥ずかしそうに目を伏せた。 「ありがとうございます。バレンタインですし、部屋に来てもらうので、たまには良いかな……って」 「似合ってるぜ。これからも見たい」 「ど、どうぞ」 照れから少しパタパタと中へ戻る菫を、榊は笑って追った。 「美味しいコーヒーらしいんですよ」 菫は先に、ローテーブルの前に座る榊へドリップコーヒーを淹れる。香ばしい香りが部屋を包んだ。 「これも用意してくれたのか」 「私コーヒー飲まないので、お口に合わなかったら悪いんですけど。お店でおすすめしてもらった物なので、美味しいと思います」 「サンキュー」 当然のように自分の好物を用意してくれた菫に、榊は暖かい気持ちになる。菫はキッチンから、二枚の皿を持って来た。皿の上には、 「生チョコ?」 「はい。ケーキ系と悩んだんですけど、前にチョコケーキ食べてもらったので。家に来てもらえるなら、保存の心配しなくて良い生チョコが良いかなと。こっちがビターで、こっちがミルクの生チョコです」 綺麗ないくつもの正方形に分けられ、ココアパウダーが乗ったそれは、シンプルながら既製品と遜色ない仕上がりになっている。 「美味そう!」 自分の分の紅茶も用意して菫も座ると、榊は笑って菫を見た。 「食べさせて」 「へっ?」 菫は目を丸くする。 「菫が作ったチョコ、菫に食べさせてもらいたい」 理解したのか、菫は頬を赤くする。 「……良いですよ」 菫は榊の隣に座り、スプーンに生チョコを乗せる。 榊に向き直ると、菫は一瞬考えてから口を開く。 「えと。あーんしてください」 「ん」 運んだスプーンから、はくり、と生チョコは榊の口へ消える。 「美味い!やっぱり菫のお菓子は良いな」 笑って言う榊の耳が、僅かに赤い。 「晃さん、耳赤いです」 菫が言えば、少し困ったような顔で笑い、手で顔を覆って菫から顔を逸らす。 「?どうしました?」 「いや、あーんして、まで言ってもらえると思わなかった、ってのと、してもらうとやっぱ嬉しい、ってこと」 聞いた菫の顔が真っ赤になる。 「晃さんが言ったんですよ!」 顔から手を外し、榊は菫を見る。 「おう。だから、今すげー幸せ。ありがとな、菫」 素直に言われてしまい、菫はとりあえず怒りを引っ込める。 「……もう一回、します?」 「してほしい」 嬉しそうな榊の笑顔が綺麗で、菫は少し目を逸した。 チョコを食べ終え、コーヒーを飲む榊の裾を、洗い物から戻って来た菫が少し引く。 「ん?どうした?」 「あの、もう一つ、渡したいんですけど」 「もう一つ?」 不思議そうな顔の榊の唇を、菫が塞ぐ。少しして離れると、榊に残ったのは甘いーー 「チョコ?」 「の、香りのリップです。バレンタインなので。期間限定で売ってたんですよ」 甘い香りでしょう?と、微笑む菫は耳まで赤い。ほんのりと薄紅に色付くルージュを乗せた恋人は新鮮で、榊には更に愛らしく映る。 「何処で覚えてくんの?そういうの」 榊は優しく菫の腰を抱き、引き寄せる。顎をくいと持ち上げて口付けし、ルージュごと、菫を味わうようにその唇を舐めた。 「ーー確かに甘い。これから会う時、つけてきて。食べたいくらい可愛い」 「……毎回はしませんからね」 「じゅーぶん!ありがとな、チョコもコーヒーも。最高のバレンタインだ。菫とゆっくりイチャつけるし」 菫は呆れた目で榊を見上げる。 「一言多いんです、晃さんは」 「嫌?」 「嫌な訳ないじゃないですか。いつもありがとうございます、晃さん」 パッと花が咲いたように笑って、菫は榊に抱きつく。 榊はどうしようもないほどの幸せと共に、愛らしい唯一無二の花を受け止めた。
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