神隠し初詣

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神隠し初詣

よく晴れたお正月。 三日の日だけ私と(さかき)さんの休みが被ったから、私たちは白水市でも大きな神社へ初詣に行くことにした。 「晴れ着見たかった……」 待ち合わせの神社前で分かりやすく項垂れる榊さんに、私は溜息をつく。今日は白いセーターに紺色のハカマパンツにベージュのダッフルコートという、至って普通の格好だ。髪は下の方で団子にしてまとめてるけど。榊さんも、黒のブイネックセーターにパンツ、深緑色のジャケットという、いつも通りの格好。 「……着れる訳ないじゃないですか」 晴れ着はいろいろ準備も大変なのに。でも、いつかは着ても……良いのかな。こんなこと言われるなら。 「でも今日の格好も似合ってる」 榊さんががばっと顔を上げ真顔で言うので、私は思わず顔を逸した。榊さんが声を出して笑う。 「顔真っ赤」 「誰のせいですか!」 「俺だけど?さ、並ぶか」 まだ笑っている榊さんに手を取られ、私も歩き出す。釈然としないけど。人出は多く、参道にはかなり人が並んでいる。榊さんと並んでいたら、後ろからよく知った声に名前を呼ばれた。 「榊!(すみれ)ちゃん!」 「あ?吉瑞(きずき)?」 「吉瑞さん!」 振り向いたら、佐和商店の店長・佐和吉瑞(さわきずき)さんが居た。隣には、吉瑞さんのお祖父さんである芳賢(よしかた)さんもいる。 「明けましておめでとうー!店でも言ったけど」 「明けましておめでとう」 私たちも、二人にそれぞれ新年の挨拶をする。 「菫ちゃん今日もかわいー!!」 真後ろにいる吉瑞さんが、ギュッと抱き締めてくる。 「吉瑞さんも綺麗ですよ、今日も」 吉瑞さんは、薄紅色のロングスカートに灰色のトッパーコート姿。いつも結っている髪を、今日は下ろしている。背の高さも相まって、すらっとして綺麗だ。吉瑞さんは私を見て、嬉しそうに笑う。 「菫ちゃんに褒められちゃったー!」 更に強く抱き締められる。 「へいへい、そこまでな。列動くから」 不機嫌そうな顔の榊さんに肩を抱かれ、強制的に前進する。後ろから、爆笑する声が聞こえた。 「榊余裕無さすぎ!」 「うるせぇ、これでも寛大だわ」 榊さんと付き合っていることは、吉瑞さんももう知っている。吉瑞さんどころか、芳賢さんも天我老くんも魚住さんも知ってるのだ。隠すつもりは無かったけど、めちゃくちゃお祝い言われて恥ずかしかった。 「……俺は格好良いとか言われたこと無いのに」 肩を抱かれてるせいか、呟いた声が確かに聞こえた。 「榊さん?」 パッと肩から手が離れる。 「参拝終わったら甘酒でも飲むか」 そう言って笑う榊さんは、いつも通り、に見えた。吉瑞さんは後ろでまだ爆笑してて、芳賢さんに怒られてた。 無事に参拝を終えて、みんなでおみくじを引く。 榊さんがパッと目を輝かせる。 「おっ、大吉ー!さすが俺」 「私も大吉ー!!」 「私も大吉です」 「僕も」 四人全員大吉。私はおみくじの中身を読む。ん? 「“懐かしい人と再会” “大事の為なら迷いなく進め”」 この二つの文が、パッと目に飛び込んで来た。何だろう? 「すみちゃん?どうした?」 榊さんの声で我に返る。 「いえ。大吉ですし、持っておきます。このおみくじ」 少し、胸騒ぎがする。おめでたいお正月の初詣なのに。とにかく並んだから、私たちは休憩で小さな神社が並ぶエリアまで来た。縁日が無いせいか、不思議とあまり人が居ない。 「こっちにも神様たくさん居るんだねー」 吉瑞さんは無邪気に笑って眺めている。 「あれ、鳥居しかないね。何の神様が祀られてるのかな?」 吉瑞さんが笑って、一基の鳥居を指差す。朱色が鮮やか過ぎる鳥居の向こうは、石畳があるだけで、社が見当たらない。ドキリとした。あれをくぐってはいけない。そんな気がして。吉瑞さんは軽やかな足取りで鳥居に向かう。 「吉瑞さん!その鳥居は、」 「吉瑞!」 芳賢さんも声を上げた。私が動くより早く、榊さんが駆けた。 「馬鹿!行くな、」 するりと鳥居の向こうへ行く吉瑞さんの腕を、榊さんが掴む。だけど。二人はそのまま、鳥居を抜けて消えてしまった。私と芳賢さんが鳥居の前まで来ても、二人を見つけられない。私も鳥居をくぐってみたけど、何も変わらない。まるで、神隠し。 「芳賢さん、」 「全く……あの子と来たら……」 芳賢さんは呆れたように溜息をついたが、焦ってはいなかった。 「菫ちゃん、せっかくの初詣なのに済まないね。手伝ってくれないかな」 「も、もちろんです。私に出来ることなら」 芳賢さんは、優しい目をして笑った。 「あの、本当に大丈夫なんでしょうか……?その、破魔矢を放つなんて……」 「大丈夫大丈夫。悪いことに使うんじゃないし」 芳賢さんが気楽に笑っているが、私は全く笑えない。芳賢さんはあの後、神社の社務所に向かい、宮司さん?と何か話をしたらしい。よく分からないけど。その後、何故か弓と破魔矢を持って戻って来た。そして、あの鳥居を抜けるように、破魔矢を放ってほしいと言われたのだ。 「ちゃんと宮司さんにも許可取ってるし、本当に大丈夫だよ。誰も怒らないから。神様もね」 「は、はい……」 破魔矢には、神様への手紙?というのか、二人を戻してください、という旨の内容が書かれた紙を結んでいる。 「矢を放って、矢が消えたら成功。道がまた通るから、菫ちゃんなら通れるよ。帰り道は、また同じように破魔矢を放てば良いから」 「分かりました……」 私は深呼吸する。“大事の為なら迷いなく進め”おみくじの言葉が胸に浮かぶ。このこと?私は破魔矢を持ち、弓を構える。弓を扱ったことはない。弦を強く引き、手を放す。風を切り、矢は真っ直ぐに鳥居を抜け、消えた。 「凄い凄い。菫ちゃん上手だね。成功したよ」 「ありがとうございます……。行って来ます」 「気を付けて。二人を頼むね」 私は頷いて、鳥居をくぐる。気づいたら、走ってた。榊さんは、無事だろうか。吉瑞さんも。石畳は終わって、石段の階段が続いていた。私は迷わず駆け上がる。登った先は、さっきまでいた本殿だった。ただ、人が居ない。静まり返る境内は、清々しく綺麗な空気だ。神社に無かったはずの東屋を見つけて、私はまた走る。人影が見えた。あれは、 「榊さん!吉瑞さん!」 叫びながら、私は東屋に飛び込んだ。座っていた二人は目を見開いて私を見ている。 「すみちゃん!」 「菫ちゃん!」 息が苦しい。肩で息をする私の背を、榊さんが擦ってくれた。 「来てくれたのか」 「……当たり前じゃないですか」 榊さんを見上げたら、優しい目で私を見ている。吉瑞さんが頭を撫でてくれた。 「菫ちゃんありがとう!」 ここで初めて、二人以外に誰かいることに気付いた。身体を立て直すと、藍色の着物姿の若い男性がいる。あれ、この人は。記憶が一気に蘇る。 「……三途の川のお兄さん?」 「やあ。久しぶりだね、菫ちゃん」 榊さんと吉瑞さんが息を呑んで驚いているのが、気配で分かった。 「曽祖父ちゃん!菫ちゃんのこと知ってるの!?」 「曽祖父ちゃん?」 私は吉瑞さんを見る。 「あれ?言ってなかったっけ?吉瑞。昔、死にかけた私を助けてくれたのは、此処に居る菫ちゃんだよ」 「はあっ!?初耳よ、そんな話!」 「あれー?だから縁あって菫ちゃんを雇ったのかな、って思ったんだけど」 あっけらかんと言い放つお兄さんに、吉瑞さんは噛み付くように文句を言う。 「あ、あの……お兄さん、名前は……」 「うん?ああ、そっか。別れ際に教えたから、菫ちゃんには聞こえてなかったんだね。私の名前は、吉芳(きちよし)佐和吉芳(さわきちよし)だよ。お兄さんも良いけど、吉芳、って呼んでくれたら嬉しいな」 吉芳さんは、私の記憶の中の姿そのままに笑った。 あの時のことは、よく覚えている。私だって、死にかけていたんだから。 「すみちゃん」 榊さんに目で聞かれ、私は頷く。 「ーー私、昔火事に巻き込まれて煙を吸って、意識不明の重体になったんです。小学校高学年くらいの頃でしょうか。それで……」 ーー見たことの無い河原に、一人で立っていたのだ。色は無く、天も地も灰色だった。 目には寒々と見える景色だが、実際寒くも暑くもなくて。自分と、自分の着ている服だけが、色彩を放っていた。 「私もね。あの頃うっかり悪い風邪で高熱を出してね。やっぱり三途の川に居たんだよ」 吉芳さんは、私を見ながら懐かしそうに目を細めた。 「私は亡者に嫉妬されたのさ。私にはよく分からなかったが、どうやら生き返れる身だったようだ。それが、向こう様には気に食わなかったようで。川に引きずり込まれたんだ」 榊さんと吉瑞さんは、興味津々で聞き入っている。 「私、よく覚えていないんです。気付いたら、川に入って吉芳さんの手を掴んでて。子供が、大人くらいの体格の男性を、引っ張り上げられる訳ないのに。でも、出来てたんです」 川の水は、驚く程綺麗だった。吉芳さんのことがなかったら、留まりたかったくらいに。川から上がっても、不思議と私たちの身体は濡れていなかった。 「あの時の菫ちゃんは格好良かったよ」 そうだっただろうか。首を傾げていたら、笑う榊さんと目が合った。何だか気恥ずかしくて、直ぐ目を逸らす。 「菫ちゃんがね、一緒に帰ろう、って言ってくれたんだ」 「そう……でしたね。言いました、確かに」 帰れる、と思ったのだ。二人一緒に。何故かは分からないけど。 「だから、私は最後まで、曾孫の成長も見届けて天寿を全う出来た。ーー本当にありがとう、菫ちゃん」 目元を和ませて、吉芳さんが穏やかに笑う。吉瑞さんと同じ笑顔。気づいたら、私は泣いてた。あれから、生きてる吉芳さんに会ったことは無かった。生きている、と漠然と思ってそれで自分を納得させてたけど。本当に生きてたんだ。 「私こそ、ありがとうございます……無事で良かった……」 榊さんが、頭を撫でてくれた。吉瑞さんも、涙目になってる。 「でもどうして、三人は一緒に?ここは、」 私の問いに、吉芳さんが笑って答えてくれた。 「ここの神様は愉快な方でね。おまけに凄く気まぐれで抜けているところもある。時折うっかり、神の棲む異界への道を開いてしまうんだよ。さっきの鳥居みたいにね」 「じゃあさっきのは、うっかり……?」 うっかりで神隠しなんて、たまったものではないけど。榊さんも複雑な顔をしてる。吉瑞さんは楽しそう。 「私も一応正月は歳神の類に入るから、人間が二人もいると思って覗いて見たら、二人だったわけ。さっき破魔矢を放ってたでしょ?あれ、提案したの芳賢だよね。だからあまり心配ないかなってここで世間話してた」 あっけらかんと言う吉芳さんに、私は力が抜けそうになる。走って来たのに。 「でも長く居るところじゃないから、早くお帰り。帰り道用の文はもうあるから」 吉芳さんは、懐から私が放った破魔矢を取り出し、手紙を結びつけてくれた。 「弓は……持ってるね。じゃあ、ここから真っ直ぐ放つんだ」 私は矢を受け取り、さっきと同じように矢を放つ。真っ直ぐ飛び、消えた。 「成功だね。じゃあ、帰ろうか」 「えーもう帰るのー?」 「吉瑞はもう少し反省しろ。すみちゃんたちが居なかったら帰れなかったんだぞ」 榊さんが呆れたように言う。 「あはは。吉瑞、店のみんなを大事にね。あと、もうちょっと慎重になろうね」 「はーい」 全然反省して無さそうに言う吉瑞さんを先頭に、私たちは東屋の入口に立つ。 「もう私は一緒に帰れないけど、あの時、帰ろうと言ってくれたこと、嬉しかったよ。菫ちゃん」 耳元で言われた言葉に、私は吉芳さんを見た。 「吉芳さん、」 「またね、みんな」 とん、と背を押され、皆で一斉に東屋から出た。 景色が変わり、あの鳥居の前にいる。私たちの前には、芳賢さん。 「おかえり」 息を吐き出した。帰って来れた。異界なんて慣れるものじゃないけど、帰って来れた時はいつも、安心する。 「バカ孫」 「でっ!」 吉瑞さんは芳賢さんにデコピンされてた。 「知らなかったんだから仕方ないじゃない〜」 芳賢さんと榊さんが溜息をつく。ちょっと、吉瑞さんが羨ましいような。私は何故かくたびれてしまった。走ったこと以外、疲れる要素無かったはずなのに。榊さんの袖を引き、少し声を潜めて伝える。 「榊さん、今日はもう帰りたいです。……せっかくの初詣なのに、すみません」 「そうだな。もう出るか」 吉瑞さんたちへの挨拶もそこそこに、私たちは神社を出ることにした。 「榊くん、菫ちゃん、ありがとう。ごめんね。いろいろ」 「榊、菫ちゃんありがとうね!またねー!」 二人に見送られ、歩き出す。 「疲れただろ。悪かった」 「榊さんも吉瑞さんも悪くないです」 神様のうっかりでこんなことになるとは思わなかったけど。 「初詣、仕切り直しだな。別日にまた来ようぜ」 「え。でも、」 「お守り買えてないし、甘酒も飲めてないだろ」 「う。そうでした……」 覚えてたんだ。私が今日したかったこと。 「助けに来てくれて、ありがとな」 無事で本当に良かった。そういえば。 「並んでる時、何で不機嫌だったんですか?」 榊さんが立ち止まる。じっと私を見つめて数十秒。呆れた溜息をついた。何で。 「菫のそういうとこ本当……」 「私何かしたんですか?」 何をしたのか。全然心当たりが無い。どうしよう。 考え込んでいたら、笑い声が降って来た。 「……良い機会だから言っておくけどな。俺、独占欲は強い方だから」 「へ?独占欲」 榊さんを見上げたら、にやっと笑った。 「男だろうが女だろうが、あんな抱き着かれてんの見せられると、不機嫌になるわけ。男はそもそもさせねぇけど」 「え。えと、じゃあ、あれは」 「おまけに?俺には格好良いとか言ってくんないのに、吉瑞には綺麗とか普通に言ってるし?」 え?あの呟いてたのは、つまり、その。 「嫉妬……?」 耳まで顔が熱くなる。見られたくない。でも、榊さんに両手を掴まれ、動けなくなる。 「まだまだ分かって無さそうだな。俺がどれだけ菫のこと想ってるか。菫の一方通行じゃないんだぜ?」 「晃さん、」 全然分からなかった自分をぶん殴りたくなる。嬉しいのと恥ずかしいのと、感情がぐちゃぐちゃ。 「……榊さんはいつも格好良いですけど……格好良いって言っちゃったら、榊さんのこと見れなくなっちゃう、から……気持ちを伝えた後は……特に」 泣きそう。でも、そういうことで榊さんを不安にも不機嫌にもさせたくない。榊さんを見上げたら、目を丸くしてる。これは、何で?手を引かれ、あっという間に榊さんの腕の中。暖かい。 「可愛すぎ」 「え!?」 「でも格好良いは言って欲しい。たまにで良いから。菫から言われたいし、俺が嬉しい」 「わ、分かりました……。でも、」 「ん?」 「顔赤くなってもからかわないでくださいね」 「可愛いから問題無し」 「あのですね!」 叩こうとして、榊さんに笑いながら手を封じられた。この人は! ご機嫌になった榊さんとそのまま、手を繋いで帰る。疲れが軽くなったのは、まだちょっと悔しかったから、言わなかった。
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