髪に酔う

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髪に酔う

「菫って髪長いよなあ」 「何ですか、改まって」 榊の部屋。 ベッド下に座る菫は、ベッドに腰掛けた榊にされるまま、髪をドライヤーで乾かしてもらっている。 「長いことは分かってるけど、こうして見るとより長く見えるなって」 「そういうものですか。というか、疲れませんか?長いから、時間かかると思いますけど」 振り向こうとして、菫はやんわり押さえられる。 「へーきへーき」 髪をするりと梳かれ、結局また前を向く。榊の暖かい手がふわりと髪を掬い、温風と共に遊ぶ。まだ僅かに濡れている黒髪は、艷やかだ。榊は、梳く髪が己の指から滑るように離れて行くのが惜しかった。優しい髪の手触りが、榊の手をいつまでも動かしてしまう。もっと触れたいと。時折狂う風が、シャンプーだけでない菫の香りを榊へ運ぶ。 (乾かしてるだけなのに、酔いそ……舐めてたな) 榊は内心苦笑いする。菫は菫で、榊の指先が素肌を掠る度、その慣れない感覚にそわそわしていた。 「きれーな髪……捕らえてたい」 「え?」 恍惚としているような榊の声は、風の音に消されて届かない。髪を捉えきれなかった指先が、無防備なうなじをなぞる。少しばかり、菫の心臓が跳ねた。榊は笑う。カチッと音がして、風が止む。 「終わったぜ」 「ありがとうございます」 榊が手櫛で菫の髪を整える。菫は今度こそ振り向こうとして、目を丸くした。榊が菫の髪を掬い、それへ軽く口付けしていたのだ。まるで漫画か映画のような絵面に、菫は一瞬言葉を失う。 (き、綺麗……本当にこんな様になる人いるんだ……) 何をしても様になる人間だと思っていたが、こうまでとは。 「晃さん、あの」 「ん?もうちょい触れてたかったから、乾いたの惜しいなと思ってさ」 菫は顔を赤くして、榊の隣に座る。 「また、お願いします」 「喜んで」 「でも、さっきのは晃さんが綺麗過ぎて心臓に悪いですから、無しで」 一瞬目を丸くした後、榊はす、と手を伸ばし、菫の髪を掬う。またそれを口元へ寄せ、にやっと笑った。 「さあ。それは俺が、菫に酔わなかったら考えるかな」 「何ですか、それ」 恥ずかしさに潰されて、菫の声は少ししか出なかった。
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