節分

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節分

今日は節分だ。 私も晃さんも休みだから、買い物をして晃さんの部屋で夕飯の恵方巻きを一緒に作る。豆も用意した。 日が落ちる前に、豆を外へ撒く。 「何か……雑なのが多いな」 窓から少し顔を出して、晃さんが呟く。節分は普段分かりにくいモノも、割と分かりやすく視えることが多い。晃さんには雑に視えているみたいだけど。 「雑……というか、不完全ですね。指の欠けてる手だけとか、大きい足だけとか、人の手が生えてる布とか」 幽霊かと言うと、感覚だけで言えばモノノケとか妖怪に近そうな。三階の高さにあるこの空を、それらはただ通り過ぎて行く。 「まあ、今日ってそういう日だもんな」 事もなげに言って、晃さんが豆を掴む。私も豆を手に取り、彼を見上げる。私の視えている日常を誰かと普通に共有し、過ごせる日が来るとは考えていなかった。言葉や話を選ばなくて良い。多少は私のままで過ごしても気にせずいられることが、こんなに心地良いとは思わなかった。 「ん?どうした」 晃さんが私を向いたから、黙って首を横に振る。私たちは窓に並んだ。 「鬼は外、福は内!」 きちんと決まりの文言を言って、二人で豆を投げる。瞬間、部屋が少し明るくなった気がした。空気も良いような。晃さんと顔を見合わせる。 「……流石。現代まで続くほどの伝統や習わしは、馬鹿に出来ねぇなあ」 「外にいたモノも、居なくなりましたね」 晃さんが笑って窓を閉める。作った恵方巻きを黙って食べて、おまけで作ったロールケーキを出し、しばらくのんびりする。 「休みで良かったぜ。節分の夜に外にいるとか、面倒の予感しかしないからな」 「毎年節分てどうしてたんですか?」 「仕事が無けりゃ家に居た。節目はな、いろいろ出るし、視るから面倒なんだ。菫は?」 「私も極力家に居ましたね。最悪引っ張られるので。悪い日で無いのは分かるんですけど、少し危ないんです」 厄払いの日に死にかけるとか、笑えないけと。ぐいと手を引かれて、私は座る晃さんに横抱きに抱えられる。暖かい。 「今年はどう?」 晃さんがにやっと笑う。 「晃さんと過ごせて、嬉しいですよ。今までで一番安心した節分です」 言ったら、顔に手を当てて私から逸らす。何で。 「晃さん?」 顔から手を外した晃さんに、強い力で抱き締められる。身体がより近付いて、手首も掴まれて、動いても更に強く握られて離れられない。ドキドキしてるのが聞こえるかもしれなくて、恥ずかしかった。 「……可愛すぎ」 「え!?」 見れば、何か悩むような気難しい顔をしている。うーん……。 「晃さん。離れないので、少し手緩めてください」 「ん?」 少しだけ身を起こして、晃さんの頬に一瞬口付ける。もう少し、と思っても、晃さんの暖かい手に少し引かれて、もたれるように落ちてしまった。呆気に取られた顔をしていて、ちょっと可笑しい。 「私も。私から、その、キスしたいと思っているんですよ。本当に、幸せなんですからね」 顔が熱くなって、もうダメだと思った。晃さんは、屈託なく笑う。 「参った。降参だ」 「え?」 また抱き締められる。包み込むみたいに優しく、でも動けないくらい強く。晃さんを見上げることしか出来ない。されるまま、髪を優しく梳かれる。 「しばらく離さねぇから。言葉じゃ足りないからな。俺も幸せだ」 優しい目で笑う晃さんが綺麗で、目を逸らす。でも直ぐ、顎をくいと持ち上げられた。 「俺だけ見てくれ」 嬉しさと恥ずかしさで、涙目になる。 「先越されたけど、今からは俺の番だから」 にやっと笑う彼に、少し嫌な予感がする。 その後は本当にしばらく離してもらえなくて、首や額や頬、あちこちに口付けを落とされた。 綺麗だし何だか少し悔しいような気がするけど、晃さんに同じことしたらどんな顔をするか見てみたくなったから、今度やってみようと思う。……出来るかな。
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