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え、それほんとにつき合ってんのって言われるだろうなって思ったら、ほんとに言われた。言われたのはわたしではない。友だちだ。
これはよくあるはなしで、大学の同期生同士の飲み会でひとりの女の子が「最近彼氏が連絡くれないんだよね」と愚痴ったところからはじまる。そうすると、出会ったきっかけや彼氏の性格、ふたりの関係性、ひどいときには最後に体の関係があったのはいつか、という質問にまで発展する。
「えー、最後にやったのいつだっけなあ。一ヶ月まえ? とか?」
「え、それから連絡ないの? 一切?」
「わたしからはしてるけどー」
「返信は?」
「……ない」
それつき合ってるっていわないし。方々から言われ、友だちは「だよねー」と笑っていた。だけど、わたしにはわかる。心はきっと笑ってない。
「まあ当人同士にしかわかんないことあるし。一概にはいえないだろ」
わたしの目の前に座る牧村が言う。おしゃれな牧村は、フォローのしかたもスタイリッシュ。見た目もしゅっとしていて、インスタのリールでよく見る、芸能人みたいな一般人、みたいな大学生だ。
「牧村やさしー」
「牧村、おれとつき合おう」
「なんでだよ」
そんなふうにじゃれ合っているうちに話題は逸れる。みんな、からかったりいじったりはするけれど、そろそろやめとこう、みたいな空気はきちんと読める。基本的に気のいい子たちなので、たまにひやっとするときもあるけれど、みんなと会うのは好きだった。
牧村と目が合う。牧村が笑ったので、なんとなくわたしも笑ってしまった。
「見たか? 飯野と羽田、さっき手つないでた」
「ええっ!?」
バス停が同じ方向の牧村は、ふたりになると開口一番そう言った。
飯野というのは、それほんとにつき合ってんの責めにあっていた女の子。羽田は、それつき合ってるっていわないし、とからかった男の子だ。
「ふたりが歩いていった方面、ホテル街だしなー」
「まじかー」
「羽田、ずっと飯野のこと好きだったしなー」
「まじかー」
じつは、飯野ちゃんが羽田くんのことをちょっといいなと思っていることを、わたしは知っている。飯野ちゃんがはっきりそう口にしたわけではないけれど、わたしにはなんとなくそういうのがわかってしまう。彼氏にまだ未練はあるけれど、そろそろ前に進まなきゃ、みたいな気持ちなんだろう。
「好きな子の彼氏があんなんだって知ったら、奪いたくなるよなあ」
牧村の言葉に、ぎくっとする。
牧村は、そんなわたしの反応を見ると、ふ、と笑った。
「優衣は? 彼氏からちゃんと連絡きてる?」
「彼氏からちゃんと、連絡、……」
きてない。
わたしがわからないのは、いつだって好きな人の気持ちだけ。
バスケットでアメリカといえばNBAっしょ。
バスケットどころかスポーツそのものにあかるくないわたしは、そういうもんだと思っていた。幼なじみ兼バスケットプレイヤーが好きな人でもないかぎり、わたしは一生NCAAだのディビジョン1だの2だのに縁もゆかりもなかったと思う。
NCAAというのは全米大学体育協会のことで、アメリカの大学スポーツを統括する組織のこと。加盟校が3つのディビジョン──つまりレベルに分けられ、特に1に属する大学はあらゆる点で優れている。もっともプロへ近い場所、らしい。
わたしの幼なじみ兼好きな人兼(たぶん)恋人である純平は、NCAAディビジョン1に属する大学でバスケットをしている。わたしたちが通っていた高校はバスケットが強いことで有名で、小学生の頃からバスケットが抜きん出てうまかった純平は、スカウトされるかたちで入学した。
特にやりたいことも入りたい高校もなかったわたしは、純平に誘われるがまま同じ高校を受験。純平はなぜかわたしの合否にわたしよりナーバスで、雪深い東北の地で生まれ育ったわたしたちは、転ばないようにね、滑らないようにね、と声をかけ合うのがふつうなのに「優衣のまえでぜったいに言わないでくれ」とわたしの両親や友だちにまで言い歩いていた。
そんな純平に、たぶん、告白されて、たぶん、つき合ったのが、去年の夏。純平が一時帰国したとき、いつもの彼の悪ふざけの告白に、わたしが応えた格好になる。
それからおよそ1年と2ヶ月。純平は帰ってくるどころか、連絡ひとつ寄越さない。連絡ひとつ、は言いすぎかもしれないけれど、ほんとうに、ぽっと思い出したように、元気? とか、最近どう? とか、LINEを寄越すくらいだ。
バスケットの試合はやたら多くて期間も長い。ふつうの勉強だってしているだろうし、純平はきっと一般的な大学生より忙しい。そう思うと、元気じゃなくても元気と返すし、ふつうじゃないことが起きてても、べつにふつう、と返す。そうすると、それはなにより、とだけ返ってくるので、これにはどう返したら、と頭を悩ませているうちに返信するには遅すぎる頃合いになってしまう。
え、それつき合ってるっていわないし。
なぜか牧村の声でリピートされる。牧村はきっと、思っていてもそんなことは言わない。思ってはいても。
じつは牧村は、小学生のときの同級生でもある。当然、純平のことも知っている。だから、純平とつき合っているということは、よけいに言えない。純平の活躍は小中高すべての同級生のあいだで有名だし、もちろん牧村の耳にも入っている。そもそも大学で再会したときの共通の話題が、純平のことだったのだから。
スポーツ界隈でそこそこ有名な純平と、なんの変哲もない一般人がつき合っていると言ったら、たぶん、この子だいじょうぶかな、って思われる。さすがの牧村でもきっと思う。口には出さないだろうけど。
牧村はたぶん、わたしのことをいいと思っている。告白のタイミングを窺っているようで、牧村がすうっと深く息を吸うと、わたしは身構えてしまう。ちゃんと彼氏がいるって言ってあるし、だいじょうぶ、だとは思うけど。
わたしは純平が好きだ。途方に暮れるほど。だからこんな、え、それつき合ってんの? レベルであっても、彼氏だって言い張りたいし、信じていたい。
だけど、ふとしたとき。たとえば、大事にしていたグラスを割ってしまったときとか、ただなんとなく見上げた空がきれいだったときとか。
そういう、ふとしたときに、もういいかなって。そっと落とすように、あきらめてしまいたくなる。そういうとき、必ず牧村の顔が思い浮かぶ。浮かんでしまう。
わたしは純平が好きだ。これからも、純平だけを思って生きていきたい。
だけど、じぶんが行きたい方向へのみ道が続いているわけじゃない。
望まない方向へ、じぶんで歩いていってしまうときがあることを、わたしは知っている。
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