1 甘くない人生に一匙(ひとさじ)の蜂蜜を

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「あれから君はすぐにこの町を去り、その後はほとんどこの地を訪れることはありませんでしたね。けれど、君はその力に導かれるように、またここへ戻って来てくれました。君に再会できたことを、私は幸せに思います」 「白銀さん……」  天星様は唯一、あやかしが見える僕の気持ちを理解してくれた。十年前の安堵感や感謝が蘇り、僕は心からこの再会を嬉しく思った。  ストレスによる病気でなかったことは良かった。ただ、それはこれからも僕にはあやかしたちが見え続けるということだ。不安がないといえば嘘になる。  昔、彼らを恐れないくらい強くなりたいと僕は願った。  本当に、僕はあのときより少しでも強くなれたのか―― 「美しい思い出話の中、水を差すようで悪いが……」  唐突に割り込んできたのは、ずっと黙っていた太郎さんである。 「その封印、たかだか十年で効力が切れるものなのか? 白銀の力なら、永遠に封じるくらい余裕だろう」  ……え? 今なんか、とんでもない秘密をさらっと言われたような気がするんだけど。  白銀さんを見ると、美しい微笑が能面のように硬直して見える。なんかものすっごく気まずそう!?  もしかして、事実なのか? 一生続く封印の術が掛けられるのに、あえて十年に短縮したのか? なんで? 「本当なんですか? 白銀さん……」 「恭也、これには事情が……」 「真実を話してやれ、白銀」  太郎さんの鋭いツッコミが入り、白銀さんはふたたび口をつぐんだ。  べつに騙されたわけではないけれど、なんだか裏切られたような気分になった。白銀さんが僕に情けをかけてくれたことには感謝している。だけど、この封印が切れたせいで僕は仕事を失ったわけで。  敢えて術の効果を十年と限定した理由が知りたい。 「白銀さん、わざと僕の力が十年で戻るように術を掛けたってことですか? どうしてですか?」 「わざとと言われると遺憾ですが、そのように定めたのは私です。あのとき、一生あやかしが見えなくなるようにできるなどと言えば、君はそれを望んだでしょうから」 「それは当然です! 僕はずっとこの力で悩んでいたし、今回はそのせいで会社を辞めることになったんですよ? 白銀さんが悪いわけではないですけど、なんかちょっとだけ……もやっとします」 「ちゃんと説明しなかったことは謝ります。申し訳ありませんでした」 「え、いえ、別に謝ってほしいわけでは……頭を上げてください!」  つい強い口調になってしまったが、神様に謝罪されて僕は慌てた。このやり取りを見物していた黒羽さんが、「白銀に頭を下げさせるなんて、おまえすげー人間だな」と、変な感心をしている。 「十年前、君はいつかあやかしを恐れないくらい強くなりたいと言ってくれました。時を経てふたたびその力を取り戻したときに君がどう感じるのか、私にはわからなかった。けれど、あの言葉通り、君が私たちを受け入れてくれることをずっと願っていました」   昔、白銀さんが言っていた。  あやかしは人に認識されたがっているから、彼らが見える僕にちょっかいを出す。だけど今は、あやかしが見える人間が減っているのだと。  そして、僕がその力を受け入れることを白銀さんは望んでいた。  それは他のあやかしたちのためなんだろうと思っていたけど、それ以外にもなにか理由があるのか? 「時代とともに人の心が変化するのは仕方のないことではありますが、あやかしが見える人間が減っているということは、それだけ現代の人間があやかしや、目には見えない存在を必要としなくなっているということです。それはとりもなおさず、神の存在にも影響します」  ということは、つまり……? 「我が天星稲荷神社の存続の危機ということです」  美しい顔に憂いを滲ませて、人間に変化している神様は重々しくそう仰った。
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