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「──永遠野薫になりたい……」
大学卒業して五年、それなりに客を呼べる劇団の主要女優になったが、どうしても主役にはなれなかった。
理由はひとつ、劇団の看板女優である高嶺白百合がいるからだ。
学生時代の下積みから大道具小道具照明などの裏方を経験し、舞台に立つと端役から脇役まで選ばれるようになり、ついには副主人公までやれるようになったが、主役だけはなれなかった。
劇団内オーディションでも最後に残るのは自分と高嶺というのが定番で、主役に高嶺が選ばれるのが常だった。
「やっぱり草じゃ花には勝てねぇな」
「文字通り華がないのよ華が」
劇団員にそう陰口を叩かれているのを耳にするたび、あたしはドン底に落ち込んだ。
※ ※ ※ ※ ※
「──永遠野薫になりたい……」
劇団だけじゃ食っていけないので、バイトをしている。
夜勤のバイト帰りに行きつけのスナックでベロンベロンになるまで酔うと、必ずそう繰り返して呟いた。
来年は三十の大台に乗る。
東京ではそう珍しくないが、地元では同級生が次々と結婚し家庭におさまっている。
親からもいい加減目を覚ませ、諦めて返ってこいと責め立てられるように言われ、今は絶縁状態だ。
「──永遠野薫になりたい……」
何度目か呟いたとき、返事があった。
「そんなに永遠野薫になりたいんですか」
酔っ払い状態で声のする方を見ると、スーツ姿の優男が隣に座っていた。
ナンパか……。すぐそう思った。
こんなふうに何度も呟いているから、永遠野薫に会わせてやるだの知り合いだのと声をかけてくるヤツラが有象無象にやってくる。
「ナンパなら間に合ってるわ、会いたいんじゃなくて、なりたいのよ。あのヒトと同じ舞台に立つ、肩を並べるような女優になりたいの」
背中を向けて吐き捨てるように言う。
「永遠野薫のどこがいいんです?」
あまりに不思議そうに訊くので、不機嫌マックス状態のあたしは振り向きざまに噛みつくように彼女の良いところを並べ立てる。
つねに存在感のあるオーラ、どんな役でもこなし、さらには評価される、私生活はミステリアスでそれがまたいっそう彼女の大女優たる存在にさせてる。
彼女に近づきたくて、まるでネットストーカーのごとく調べまくり、それらを可能な限り真似をして、自身も永遠野薫のごとく立ち振る舞いをするようになり、そのおかげて劇団の主要役をやれるようになったと。
「だけど、だけど、……そこまでなの、どうしても越えられないの、あたしには決定的に……華がないのよぉ……」
あたしは号泣してそのまま酔い潰れてしまった。
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