黒猫とわたし

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「あなた、全身真っ黒だと思ったら白いところもあるのね・・・」  その子猫には一箇所だけ、頭を上げると喉元に白い毛の部分があって、その丸い形はまるで(ベル)を着けているように見えました。 「決めたわ。今日からあなたは『ベル』よ!」  ベルにはフランス語の『美しい』という意味もあります。綺麗な女の子だからそれもぴったりだと思いました。  そしてベルはその賢さと、四六時中べったりの愛情を要求するでもない猫特有の絶妙の距離感をもって、私が期待していた以上の伴侶となってくれました。  普段は気ままに好きな事をしていますが、外で私を見かけると思わぬ場所から声をかけてきます。空き地の草叢の中とか、よその家の塀とか、公園の遊具の上とかから。  それでいて私に元気がなかったり体調が悪かったりする時は、ずっと側から離れようとせず、ふと視線を上げると心配げにじっと顔を覗き込んでいたりするのでした。  私は子供の頃から人間より猫のほうが好きくらいの性質でしたから、その日々はもう彼女さえいれば他に何もいらないくらいに幸せでした。もし幸せというものに形があるとしたなら、それは翠玉の瞳、肉球の手、あのたまらない寝顔にあったに違いありません。  実際に猫という動物、とりわけ私のベルは姿形だけでなく仕草も、声も、性格までも、もう何もかもが美しいのです。他にこんな完璧な生き物が地球上に存在するでしょうか?いいえ、おそらくいないでしょう。  そんなベルでしたが、一度だけひどい粗相をしでかしたことがありました。たしか私が大学三年の二十歳の時のことです。
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