黒猫とわたし

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 当時、私にはあるお付き合いしている男性がいました。仮にKさんとしておきます。 彼と私は同じゼミに所属して研究テーマが近かったので、よく図書館や資料室でばったり会うことが多く、何回か話をするうちに自然と親しくなったのです。自分にそんな日が来るなんて、夢にも思っていませんでした。やはり運命の神様は存在するのでしょうか。 「ねえ、私なんかといて楽しい?」  ある時、思い切って私はKさんに尋ねてみました。おしゃれもグルメも芸能人も、流行の物にはなにも関心がなく、放っておけば価値を認めた僅かな物だけで自分の世界を埋め尽くそうとしている私。活発な彼にはもっと他の娘がふさわしいのではと思ったのです。 「きみは自分を卑下し過ぎだよ」  彼は私の目をじっと見て、いつになく真剣な口調で言いました。 「まず、こんなふうにいつも正直で裏表のないことがきみの第一の美点だと思う。こっちも自然体でいられるしね」  よく長所と欠点は紙一重といいますが、私が自分の欠点だと思っていたことを彼が長所とみてくれているのなら、それは本当にうれしいことです。彼は尚も続けて言いました。 「それにきみは、一旦好きになった物にはとことん強く深い愛情を注ごうとする。それって素晴らしいことじゃないか!その愛する価値がある物の中に、悪くても候補の中くらいには僕も入りたいと思っているよ・・・」  そして彼は私に恋人になってほしいと改めて告白し、正式に付き合うのだからまず私の両親に挨拶に行くという運びとなったのです。  スーツ姿で片手に菓子折りの袋を下げ、ややこわばった表情で入ってきた彼をリビングで最初に迎えたのは、ソファのいつもの場所に陣取っていたベルでした。 「この子がベル⁉ほんとうに綺麗な猫だね!」  そう言って、彼が頭を撫でようと手を伸ばしたその瞬間―― 「シャー!!」  こともあろうに、ベルはKさんの手を前足の鉤爪でがっしりつかみ、その鋭い歯を思いきり立ててきたのです。そんな凶暴な彼女を見るのは後にも先にも初めてのことでした。 「あ痛ててて・・・」 「ベル!やめなさい‼なんてことするの⁉」  Kさんの手には歯型と爪痕がくっきり残り、うっすらと血を滲ませていました。 「きっと僕の触り方が悪かったんだ・・・驚かせてしまったんだね」  彼はつとめて平然とした声で言いました。 「だからそんな叱らないであげて。僕も実家で大型犬を飼っていたからね、これくらいの傷は可愛いものだよ」
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