黒猫とわたし

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 驚きました・・・。いつかそんな日が来るだろうと漠然と思っていましたが、まさかこんな早くに来るなんて。いえ、卑怯で臆病な私は無意識に現実から逃げようとして、彼の気持ちを考えていなかったのかもしれません。  Kさんは私の欠点までもポジティブに受けとめ愛してくれる稀な男性でした。この先、彼のような人が私を選んでくれる保証はありません。そして私も彼のことが好きです。私の気持ち的にも常識的にも断る理由はないように思えました。ひとつ問題があるとすれば・・・。  頭の中で翠玉の瞳がすがるように私を見つめ、か細い声が鳴きました。ベル・・・私の親友であり家族であり、一番の宝物。彼女は一緒に連れて行くことはできません。帰国まで長くて五年、その間は実家の両親に託していくしかないでしょう。 あんなに私を慕って頼りきっているのに。いえ、私自身もまた彼女なしに生きていけるのでしょうか?  それにしても、大事なものふたつを天秤にかけなくてはならないなんて!私はかつてない真剣さで自分の将来や人生というものについて考えました。いつの間にか日付が変わり空が白み始めるまで。悩み過ぎて胃の調子が悪くなり洗面所に駆け込んだ時、鏡に映ったのは目が落ちくぼんで真っ青なひどい形相の自分・・・。  けっきょく私は、たとえ苦痛が伴おうと今は一人の大人として、女として決断すべき時に来ているのだと結論しました。ベルと一緒に過ごす毎日は気楽で苦労がなくて、そして何より優しいものです。けれどそれ以上の何も産み出しはしません。永遠に続くものでもありません。私だっていつまでも夢見る少女ではいられないのです。  彼に承諾の意思を伝え、携帯電話をテーブルに置いた時、ふと後ろから視線を感じました。振り向くと、ベッドで寝ていたベルが起き上がって、じっと私を見つめています。私と視線が合うと小さく鳴きました。それはまるで『私を置いて行っちゃうの?』と問いかけているようでした。  とたんに涙が溢れ、私はベルを抱きしめて声を殺して泣きました。ごめんね、ごめんねと何度も繰り返し謝りながら。 「私のこと許してくれなくてもいいよ。忘れてしまってもいい。だから・・・だからあなたも幸せになってね」  そうやって泣きながらベルを抱いたまま、いつしか私は眠りの淵に落ちていきました。  
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