黒猫とわたし

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 私達がこれから暮らしていく都市、オスロに降り立ったのは、ちょうど復活祭のさなかの日曜日でした。成田を昼過ぎに飛び立って十四時間半、私の中では真夜中の一時のはずなのに現地では夕方の五時です。これが時差というものなのですね。    バスの本数が大幅に減便されていて、なのにどこのお店も軒並みお休みで、二人で寒い寒いと言いながら花壇の縁石に座って次のバスまで時間をつぶしました。それがこの地での最初の思い出です。  私達の住むアパルトマンは小高い丘の中腹にあって、道路をはさんだ向かい側には広い公園があります。 お昼前に目覚めて、窓から最初に見えたのは、お散歩する幸せそうな家族連れや童話のような服を着てエッグハントに興じる可愛い子供達・・・。でも私の心は晴れません。  今頃ベルはどうしているでしょう?旅の疲れと時差のせいで昨夜は到着してすぐに眠ってしまいましたが、別れた時の悲しそうな顔がどうしても頭から離れないのです。 そこで私は無事に着いた報告もかねて、実家に電話してみることにしました。 『ベルね、餌をぜんぜん食べてくれないのよ』  電話口で母が、沈痛そうな申し訳なさそうな声で言いました。 『狂ったように鳴きながら家の中を歩き回って・・・。で、疲れると少しだけ眠って、起きたらまた同じことを繰り返すの。きっとあなたのこと探してるのね』  可哀想に。今すぐ彼女を抱きしめてあげられたらどんなにいいでしょう。猫は敏感な動物だから、きっと環境の変化に戸惑っているのだと思いました。 「そう・・・。少し落ち着いたら大好きなおやつをあげてみて。あと夜は一緒に寝て安心させてあげてね」    大丈夫、母も猫の世話は慣れているから大丈夫だと、その時の私は必死に自分に言い聞かせるほかありませんでした。  
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