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お礼と評した放棄
ああ、いいな。
そう思いながら歩く俺の表情は果たして笑みなんか浮かべているだろうか。予想を立てろと言われたのならきっと引きつった暗い表情を浮かべていることだろう。
全くもってこんな目出度い祭りの日にするような顔じゃない。
自分でもそう思うのだ。よそ様から見ればなんだこいつと思う事は間違いない。
ピーヒャラと祭囃子を轟かせながら笑い声あふれる楽しい場にこんなしけた面をしながら出歩くものじゃないと自嘲しならがら歩く俺。
こんなでも一端の職人でわりと忙しい毎日を送っていたし、なんならそこらの建物を建てたのは俺達だと胸を張って言っていたのだ。昨日までは。
ああそうだ昨日。昨日あんなことがなければ俺は今頃仕事場の仲間と酒を飲みあい飯を食い。ああだこうだと話しながら祭りの日と言う無礼講を楽しんでいたに違いない。
楽しい今日になるはずだった。
だと言うのにつまらない失敗からその予定もなくなった。
まさかあんなことになるとは……。
俺はあの時祭り前夜だからと言って調子に乗っていたと思う。仕事場の神輿の傍でその出来栄えに胸を張って気分良く酒を飲んでいた。
親方に仲間が丹精込めて作った神輿はそりゃあもう絶品と言っていいほどの出来栄えだった。酒の肴にするには持って来いで自画自賛ながらいい仕事をしたといい気分で飲むには持って来いの見世物。
その時の俺は確かにそんな気分だったわけだ。
だがだ。周りが良ければちょっとした失敗と言うのは浮き彫りになるわけでそれも自分が気にしていたものだとするのならば余計に気になるものだ。
最初はまあいいかと流していたが組み立て出来た神輿を目の前に見ているとそのちょっとしたことが気になり始めた。だからだろう。余計なことしなくてもいいと言うのに飲み込めずちょいと手直しをしようと思った。
それがけちのついちまった始まりだった。
道具を手に取りいざ直そうと小細工したのがいけなかったのだろう。
完成した神輿。これを作ろうとなった理由。それを考えれば今では納得出来ないまでも親方に理由を話して作業をするという事も考え付いたわけだが酒を飲んで酔っ払っていた俺はそんなことも考え付かず作業に入ってしまった。
商売敵である他の大工屋との格を見せつけるならこんな小さなものでも失くした方が良い。自分ではそう思っていたが完成したものに無許可で手を加えるなんざこの時俺を見かけた親方すれば不信な行動に映ったのだろう。完成品。手入れも終わったものだったからだ。
親方は俺を怒鳴り何故完成したものに手を加えようとしていると尋ねてきた。理由を素直に言えばいいものを怒鳴られたものだから逆に怒鳴り返した。酒で気が強くなっていたのもあるだろうが理由も話さずうるせえと返したのだから親方からすればますます俺は怪しい。
それで喧嘩になり俺は終いには神輿を蹴り倒し壊した。
それで当たり前だが仕事場を追い出され今祭りという場で一人自己嫌悪に陥っているのが現状と言うわけだ。
ああ、何故あんなことをしてしまったのか。
何故あの時理由をしっかりと言えなかったのか。そればかりが頭をよぎる。
理由をしっかりとでもないにしても言えれば親方だってわかってくれた。あの人は最近気が立っていたがそんな器の小さな男じゃねぇ。理解はしてくれたはずだしなにより俺はこんなことにはなっていなかっただろう。
時間が戻るのなら戻したいがそうは問屋が許さねぇのはわかりきった事だ。
それも大事な神輿を祭り前夜に蹴り倒し、見もしなかったが壊れている部分もあったかもしれねぇと言うのに……。
どうしてあんなことをしちまったのか。後悔しか立たない。
今思えばやりようはいくらでもあり、どう考えても自分が悪い。言い訳もない。
だが、だからと言って納得できない自分がいるのも度し難い。
直そうとしただけ自分は悪くない。そんな言い訳ばかり出てきて嫌な気分になる。
周りの皆の笑い声、そこらかしこで聞こえる商売人の誘い。いつもなら気分よく聞いていられた見事な演奏。目出度さを強調した町の彩。
どれもこれもが鼻につき苛ついているのがわかる自分。
「だめだ今日は気分じゃねぇ」
そう一人ごちて祭りの色がない場所に向かおうと人気のない道を歩きだした。
「全く」
肩を落とし目線は地にどこからどう見てもうらぶれた格好の自分に短い笑いを上げ何が全くなのかと呆れの声にも自分で呆れた。
「おじさん誰?」
今日も厄日かと眩暈がした。目の前には色落ちた裕福とは言えないであろう青い着物を着た少年がそこにいた。手には焼きそば。湯気が揺蕩っている。買ってからそう時間は経っていないように見える。
そんな涙目の少年が行先を防ぐようにぽつんと独り立っているものだから見て見ぬ振りをするのも具合が悪く何より困っていそうな少年一人を一人孤独に置いていくと言うのも義理に欠ける。
いつもなら気分よく話しかけただろうが今はそんな気分ではないと言うのに……。
「あぁ、少年こんな所でどうした? 親とはぐれたか?」
諦めたようにそう尋ねると少年はこっくりと首を縦に振った。
「じゃあ、親とはどこではぐれた? なんでこんなところにいるんだ?」
矢継ぎ早と言うほどではないと思うが手早く済ませたくて相手の事情を鑑みず優しさとは無縁な尋ね方をした。さっさとこの場から離れたかったと言う感情があったからだ。
「焼きそば買ったら見当たらなかった。あと……人が多くて邪魔になるから」
ゆっくりと不安そうにそういう少年。本当に今日は駄目そうだ。少年のゆっくりとした話し方にもいらつきを感じている。
「……こんな所にいても親はお前を見つけやしねぇよ。見つけてほしいならもうちょいましなところにいろよ」
「でも、人一杯で……皆歩いてる」
どうやら往来の邪魔をしたくないと言っているようだが今は他人よりも自分。そしてさっさとこの少年を親の元へ返さなければならない。そう思えて湧き出つ感情に蓋をして何とか抑えた声で少年に話しかける。
「ばぁか。いいか、今は相手よりも自分だ親に見つけてほしいのなら見ず知らずの誰かに遠慮なんてしてんじゃねぇ。ほれ、その辺りなら人の邪魔にはならないしまだここよりもましだろうよ」
そう言って店の一角隅を指さす。
「……うん」
「よしよし良い子だ」
そう言って俺は少年を連れて見たくもない場所にまたもや顔を出す羽目になるのだった。
「あー少年。それ食わないのか?」
「親が来たら食べる……」
「……そうか」
少年はどこからどう見ても不安そうでしけた面をしていた。それが嫌に目につき何とか気を紛らわせようとそう話しかけ、親が来たら食べると言う答えが返ってきた。
どうやら不安な時に食事をするほど図太くないようで食欲よりも少年の答えは親との合流だった。
まあ確かに親もその内来るからと気軽に気構えていられたらあんな人目につかない場所に追いやられるようなことになっていないだろう。
「少年。腹が減ってると前向きな考えも出てこないとか言うらしいぞ」
「そう」
「それも冷えちまうし食いながら待ったらどうだ?」
「いい」
「……そうか」
どうすればいいんだこういう時。
途方に暮れるとはこういうことを言うのだろう。少年の不安を少しでも和らげようと気の利いた言葉を探すが一向に出てこないし、何より何時までここにいればいいのだろうかと途方に暮れる。
むしろこちらから少年の親を探した方が良いのではないかと思えてくる。
「ねぇ、おじさんは何であそこに来たの?」
少年からそんなことを聞かれ何故と思うと先ほどまで悩んでいた仕事での失敗と破門の件が脳裏をよぎる。
「あっあぁ、それは……だな」
……少し他の方へ気が向いたらすぐこれだ。いつの間にか気を紛らわせられていたのはこちらの方だったようだ。
「まあそろそろ祭りに飽きたから帰ろかなっとな」
「ふーん」
「……」
気のない返事を聞きながら少年に向けていた注意を周りに向ける。
あんまりにも変わってない陽気の雰囲気。普段ならはしゃいで色々なところを周っていたはずだった。俺は祭りが大好きでこんなでかくなってもその気持ちは収まるところを知らない。
だから嫌なことがあった昨日から逃げるように祭りに繰り出したわけだが結果は御覧の通り楽しむ気に成れず祭りから逃げると言う体たらくをさらしていた。
特別な一日に嫌な思いから逃げるために赴いた。
昔は遊んでいる内に夢中なれた祭り。嫌な事はすっかりと忘れられたと言うのに今ではその祭りを楽しむ余力すらない。
親方に捨てられたのがそんなに衝撃だったのか仕事をなくして途方に暮れているのか。どちらにせよ気持ちの整理がうまくいかない。
歳は取りたくないものだ。色々なものが鈍くなっている。
その時だ。この場に似合わない低いうなり声のようなものが聞こえてきた。
「……おじさん。おなか減ってるの?」
「ああ、そうだな。みたいだ」
「……いる?」
そう言って少年が差し出してきたのは手に持った焼きそば。温かった名残はなく今では冷えているのか湯気もたっていない。
「いやいい、いらない。お前が食いな親が来たらな」
「うん……あっ」
突然に少年はそう声を上げた。
少年の親は比較的早く見つかった。一緒に来ていたのは母親だったらしくこちらも少し色あせた着物を着ている。優しそうな柔和な雰囲気の女性だ。少年を叱っているが正直な話し威圧感がなく怒っていると言うより心配しましたという雰囲気が強い。
それを聞いている少年はどちらかと言うと悲しげと言うより、はぐれた親が近くいるおかげか先程よりも表情が明るい。
親も見つかったし子供は無事。もうここにいる意味もない。そう思い声をかけた。
「んじゃあ俺はここでそろそろ」
「ああ! 本当にありがとうございます」
「良いってことですよ」
そう言ってその場を離れようとした時だ。
「おじさん」
少年が声をかけてきた。
「これやっぱりあげる」
そう言って手渡してきたのは親が来るまで持っていた焼きそばだった。
「あー、いやこれはだな」
「いいよ、お礼。一緒にいてくれたでしょ」
「だが、な」
そう俺が渋っていると少年の母親は何でもないかのようによくある定例文を口にする。
「貰ってやってください。家の子意外と頑固でして……」
苦笑いの母親。親が来るまで食べないと言っていたのをきっちりと守った少年を見るに確かに頑固であるらしい。
「あぁ、わかったわかった。俺の負けだ貰ってやる」
そう言って譲りうけると少年は満足したようにお礼を言ってから子供と母親は去っていた。
「ああ、冷えてるなこれは」
手元に残った焼きそばは見事に冷めていて最初に見た温かみはもうなかった。
「親が来たら食うって言ってたって言うのになぁ」
少年は親が来たら食べようとしていた。何時からお礼にとか考えていたかはわからないがこの食べ物を食べることを放棄したのは確かだ。
「子供ですらちょっとしたことで自分のものを手放す……。ああ、なんだ。俺はこの焼きそばと同じか」
少しの思い考えから誰かに捨てられる。捨てた本人はそれを放棄した自覚もないだろうが捨てられた方からしたら捨てられたら一気に先が見えなくなる。
「これから、どうしたらいいんだろうなぁ」
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