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人口1000人ほどの小さな里、ミッカタ村。
果たしてあんな化け物に勝てるのだろうかと固唾を飲みながら見守っていた村長を始めとした村人たちは、あまりの呆気なさに言葉を失った。
が、勝ったとわかった途端、割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いた。
「ありがとうございます、勇者様……!」
禿頭の村長は満面の笑みで感謝を述べた。
「なんとお礼を言っていいか……」
「礼などいらぬ。その代わり俺たちはいま六人目となる仲間を求めている。この村から一人選びたい」
ボリトールは三白眼を細め、背の低い村長を見下ろした。
「なんと……!」
怪物から村を救ってくれたとはいえ、村人を一人というのも決して安い代償ではない。しかも勇者のパーティの一員となるからには、なにかしらの能力を持っていなければものの役には立たないだろう。この村に、強力な魔力など持つ者はいないから、せいぜい腕っぷしの強そうな若者ぐらいしか出せない。
(誰かよい男はいるだろうか……)
村長は村の男たちを見回し、屈強そうな何人かに目をとめた。
「この男だ」
が、村長が選ぶ前にボリトールが駆け寄り、一人の若者の手をつかんだ。
「ええっ、なに……?」
いきなり手をつかまれて、若者は混乱する。
「勇者様、コスナーは鍛冶職人の見習いで、とてもパーティに加わって活躍できるような男ではありませんよ」
村長がそんな指摘をするまでもなく、コスナーという若者は上背もそれほどでもなく腕の太さも標準的だ。適当に石を投げたら当たる、どこにでもいそうなモブ青年であった。
「いや、俺の目に狂いはない。この男が欲しい」
ボリトールは、コスナーの腕を、レフリーが拳闘士の勝者にするように高々とかかげた。
「この者! 光の勇者ボリトールに選ばれし若者コスナー! 彼は今、この時より我が光の勇者の一員となった! 喜べ! そなたらの村より、勇者の一員が選ばれた! これはそなたらの村が光の神の祝福を受けたことに他ならない!」
すると、村人たちから、祝福と嫉妬と驚きの入り混じった歓声がわき起こった。
「てめぇが選ばれるなんてな! こんな強いパーティの一員なら左団扇で人生勝ち組じゃねぇか!」
「俺のほうがよっぽど強いのに。くそぅ、羨ましいぜ……」
屈強そうな村の青年たちがコスナーをとり囲む。
しかしコスナーは腑に落ちない。剣も扱えずケンカも強くない、ただの鍛冶職人見習いのおれがなんで選ばれるのかと不思議でならない。さっきの怪物との戦いでも、駆り出されたはいいが、鍛冶道具の槌を持って出たものの、怪物に近づくことさえできなかった。勇者に選ばれるなど、なにかの間違いではないのか。
勇者ボリトールは村長に、ぜひコスナーを連れていきたいと交渉を始める。
その様子をまるで他人事のように見ているコスナー。
(選ばれたのは嬉しいが……)
コスナーは、以前、自治領の役人が村にやって来て行った徴兵予備検診を受けたときのことを思い出していた。
優秀な者は中央に取り立てられる、田舎者が出世するチャンスなのであった。だがコスナーを検診した検査員は、気の毒そうに告げた。
「あなたは無能力者です」
「どういうことですか?」
「ごく稀にいるのです。なんの属性もなんのスキルも持たぬ者が。なんらかの理由で本来成長と共に開花するスキルや属性が蕾のまま立ち枯れてしまう、がらんどうの者。それが無能力者です。残念ながらあなたもその一人です……」
「…………」
あまりの身も蓋もない言いように、言い返す言葉がなかった。
「無能力者か……かわいそうにな」
「こりゃ一生、日陰者だなぁ」
と、係の衛兵が言うのも上の空だった。
なんのスキルも属性も持たない、ゼロの者・無能力認定を受けた身。戦闘能力も高いわけじゃない。武具の扱いもさっぱりだ。だから手に職をつけなきゃ生きていけないと、鍛冶職人の見習いになったけど……。
(そんなおれが、なにを見込まれて勇者のパーティメンバーに選ばれたんだ? それとも、おれの中になにか秘めたる特殊能力でも眠っているのか。検診でもわからなかった、なんらかの能力が。勇者様はそれを見抜いたんだろうか……だとしたら……)
その可能性に思い至ると、くすぐったいような自信が胸の底から這い上がってくるのだった。
(そうだ、なんの根拠もなく勇者様がおれなんか選ぶわけがない)
「心配するな――」
そこへ格闘士ガメルがやって来て、馴れ馴れしくコスナーの肩に太い腕をかける。
「前のヤツもその前のヤツも、おまえと同じ無能力者だった。そのほうが都合がイイんでな……」
「え? それはどういう……」
「ガメル、余計なことを言うんじゃない」
ボリトールが戻ってきた。
「へいへい」
諌められ、その場を去るガメル。
「交渉成立だ。村長が同意した。おまえはたった今から俺たちの仲間だ。期待している。我が力となってくれな」
「はい、もちろんです! 勇者ボリトール様」
村長の決定には逆らえない。実際、勇者によって村は救われた。その勇者が求めているのだ。コスナーに選択の自由などなかった。
しかしもしもこのおれになんらかの才能があって、今後大活躍するのなら――そう思えばバラ色の人生が開ける。こんな村で鍛冶職人として一生地味に暮らしていくより遥かに満ち足りた人生を歩めるではないか。
そんな夢を見るコスナーを一瞥し、魔導士ヒタクルがつぶやいた。
「今度はこいつね。いい餌の面し・て・る・わ♪」
「短い付き合いになるので、仲良くする気はさらさらない。そのつもりで」
僧侶マンビークはそう言うと、くるりと背を向ける。
召喚士カスメトールがウインクし、
「あんたよかったねー。一応形だけでも勇者パーティのメンバーよー。たぶん一週間くらいと思うけどね」
歯を見せて、うふふっ、と笑った。
「??……」
三人の言った意味が、もうひとつ理解できないコスナーだった。
だがこうして、とにもかくにも、ミッカタ村の若者、鍛冶職人見習いのコスナーは、降って湧いた成り行きで、最高ランク勇者のパーティに加わることとなった。
もっとも、単なる〝仲間〟ではないとすぐに思い知ることになるのだが……。
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