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ミオーノ火山の山頂からは噴煙が絶えることなく細く上空へと立ち上っていた。火口からのぞけば、底には熱い溶岩が紅く吹き出しており、その熱が伝わってくる。
(如何にも火竜が住んでいる、といった禍々しさだな……)
そうつぶやくのは、コスナーである。一人、他のメンバーから離れ、斥候として火口まで登ってきていた。新入りということもあって、コスナーは経験を積ませるという理由であれこれと命令されていた。コスナー本人も、最高ランクのパーティに加えてもらったという嬉しさから、積極的に役に立ちたいと思い、いわれるままに動いていた。
ミッカタ村で見初められてから一週間ほどがすぎていた。
一向はミノーオ火山にやってきていた。この火山の火口には火竜が棲んでいるという情報を得たからだった。
(しかし……火竜なんてどこにいるんだろう……?)
火口の縁から見下ろしてもそれらしい影さえない。しかしなにか痕跡でも見つけないと偵察に来た甲斐がない。
コスナーは目を凝らした。
(しかし熱いな……)
汗をぬぐった。ボリトールが水を持たせてくれていた。
(これを飲もう)
腰に下げた小瓶のコルクを抜き、中の水を一気に飲み干した。
(ん?)
違和感を舌に覚えた。普通の水とは違う味がしたようだった。
が、喉が渇いていたこともあって、気にしなかった。
(さて、……と)
再び火竜の姿をさがして火口の中を見ようとしたとき、体の異変を感じた。
(あれ? おかしいぞ……)
めまいがする。それに足の踏ん張りがきかない。
やがて全身が痺れていく。
(これはどうしたことだ……?)
コスナーはその場に倒れ込んだ。立ち上がろうにも、腕にも足にも力が入らなかった。呼吸が荒くなる。
なにが起きたのかわからず、コスナーは混乱する。
(やばい。このままでは……)
しかし、後から登ってきているはずのボリトールたちが火口に着いてくればきっと救けてくれるはず。なにしろ光の巫女の加護を受けたパーティなのだから。
そんな期待をして苦痛に耐えていると、やがて足音が聞こえてきた。
力を振り絞って、その方向へ首を向けた。
が――。
ボリトールたちは倒れているコスナーを見ても、平然と薄笑いを浮かべながらゆっくりと歩み寄ってくるではないか。
動けないコスナーを見下ろす五人……。誰も手を差し伸べたりしなかった。
「こいつを殺してどれぐらいのエクストラスキルが手に入るんだ?」
落ち着いた声で、勇者ボリトールが僧侶マンビークに訊いた。これまでと態度が別人のようであった。
「鑑定スキルで見たところ、こいつのスキルスロットはかなり大きい」
僧侶マンビークが答えた。
「――無能力者の中にはこういう能力が開花しないまま眠ってるやつがたまにいる。こいつはなかなかの掘り出し物だ。蕾のまま眠ったスキルの種は貴重なレアスキルに化ける可能性が高いからな。無能力者でも、こういう逸材は滅多にいない。潜在的能力者というやつだ。あの村で見つかったのは棚ぼただな」
「スキルスロット? なんのことですか……それより水を飲んだ直後に体が痺れて動かなくなったんです……」
自由にならない体で、コスナーは訴えかけた。
「あら、まだ喋れるんだー。ゴキブリ並みにシブトイわねー」
腰に手を当て、召喚士カスメトールは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「――でもあんた死ぬんだよ。コ・レ・カ・ラ。きゃはっ♪」
「あんたみたいな平民の無能力者がこのさき生きてたって別に社会になんの貢献もしないでしょ?」
魔導士ヒタクルはさらに蔑みが激しい。廃棄物でも見るような目つきで、情け容赦のない言いよう。
「――だったらあたしらの能力アップの糧になったほうがよっぽど世界の役に立つ。それだけよ」
「そんじゃ、いっちょ殺りますか!」
ガメルが背中に背負った長剣に手をかける。
「おい、待てよ。武器で殺すとスキルは手に入らないんだぞ、忘れたのか」
ボリトールが制した。
「あ、そうだった、だから火山に連れてきたんだった」
「マグマに投げ込めば確実に殺せるし証拠の死体もの・こ・ら・な・い。エヘッ♪」
カスメトールはへらへらと笑った。
「死んで魂が昇華する時に故人のスキルが光球のような形で浮かび上がる。マンビーク、準備はいいな?」
ボリトールは振り向く。
「ああもちろん。俺のエクストラスキル『技能吸着』を使えば一欠けらも残さず回収できるさ。言っとくけど五等分は守ってくれよ?」
マンビークは眼鏡のずれを正す。
「あーもうここ熱いっ! ねぇガメルっ、とっととそのゴミ、火口に投げ込んじゃって! あたし肌乾燥すんの嫌なんだけどー!」
ヒタクルがヒステリックに急かした。
「そんな……あなたたちは……最初からおれを殺す気で……!」
あまりの扱いに、コスナーは愕然とする。勇者のパーティの一員となり、華々しい活躍を夢見ていた自分がバカであった。なんの役にも立たない無能力者の末路はひどすぎた。
ボリトールはしゃがみ、物分りの悪い愚者に説くように言った。
「言っただろ……? 我が力となってくれ、と。今がその時じゃないか……。冥土の土産に教えてやろう。おまえらの村を襲った怪物は、召喚士が呼び出したんだ。それもこれも、村の男どもの中からスキルスロットの大きいやつを見つけるためだったのさ。で、コスナーが見つかったってわけだ。もし誰も見つからなかったら、俺たちが出ていくことなく村は全滅してたろうから、まぁ、そのことも、おまえに値打ちがあったともいえるだろうな」
ボリトールは立ち上がり、薄笑いをうかべてコスナーを見下ろす。下等な畜生を見るような目つきだった。
(なんだと……!)
あの戦いで重傷を負った村人もいた。なのに悠々とあとからもったいつけて現れて……それが全部、仕組まれたことだったとは……。
(タイミングよく勇者がやって来たと思ったら、そういうことだったのか!)
コスナーは怒りに歯をむき出した。だができるのはそこまでであった。毒が回って体がほとんど動かなくなっている。
「あばよ! 一週間だけのメンバーさんよぉ!」
ガメルが、倒れたコスナーを力いっぱい蹴とばした。
コスナーの体は宙を舞い、火口の底へと落ちていった。
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