第1話

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第1話

 窓から差し込むオレンジの陽射しを見たとき、スキア・レイブンネストは今が朝なのか夕なのか思い出せなかった。最後にベッドで眠ったのがいつなのかもハッキリしない。ここ数ヵ月、スキアはひたすら錬金釜をぐるぐるかき混ぜている。それこそ、昼も夜も。  疲労と寝不足で頭が回らなかったが、疲労回復用のスタミナポーションを作りながらスタミナポーションを消費することの馬鹿馬鹿しさに、ポーションには頼らず気力だけで起きている状態だ。  スタミナポーション。ストロベリーピンク色の、錬金薬だ。小さな小瓶に入ったこの水薬が、錬金術ギルドの主力商品であり、錬金術ギルドをブラック化させている原因である。  毎日毎日、スタミナポーションをひたすら作る。作るそばから納品して、納品したらまた作る。延々とそれだけを繰り返す。  気力と体力を回復するこのスタミナポーションは、労働者はもちろん、騎士たちからも人気があった。過酷な訓練を行いながら体力を回復できるスタミナポーションは、王立騎士団御用達であり、とくにスキアが作るポーションは品質が高く、騎士団専属だった。 (あの、筋肉バカどもめっ……!)  半ば恨みを込めて、釜を混ぜる。騎士たちのスタミナポーションの消費は、他に類をみない速度だ。作っても作っても足りず、催促は止まない。 「くそっ。辞める。辞めるぞ! こんな職場! 絶対、絶対っ! 辞めてやるからな!」  怨念を薬液に込めながら魔力を注ぎ、釜の中の水薬がストロベリーピンクに染まる。スタミナポーションの完成だ。  混ぜる手を止め、今度は瓶に移す。美しいストロベリーピンク。スタミナポーションだ。 「そういや、明日は例の納品か」  ようやく今日が何日なのかを思い出し、スキアは戸棚から小瓶を取り出す。鮮やかなラズベリーピンクの水薬。 「ふっふっふ。貴族の奥様方と繋がって半年。ようやく裏ビジネスも軌道に乗ってきたぜ……」  このラズベリーピンクのポーションは、スキアにとってまさに金へと姿を変える、錬金術である。  とある婦人を相手に売り始め、今や社交界の陰で取引されるこのポーションは、一瓶で金貨一枚の価値がある禁断の秘薬である。  そう。これは『媚薬』――。  刺激を求める貴族のお遊びに使われるのか、意中の相手を手篭めにするために使われるのか、スキアは知らない。  とにかく、この『媚薬』の人気は凄まじかった。これが無ければもう少し眠れたかもしれないが、媚薬作りを止めるつもりは、スキアにはない。 「金が貯まったら、田舎に家を買って、気楽なスローライフをするんだ!」  それなりに広くて、首都から遠いけど不便じゃなくて、貯めた金で働かずに生活するのだ。そのためには、錬金術ギルドの給料だけではダメなのだ。貴族相手の、一歩間違えば首が飛ぶ危ない仕事だったが、ある程度稼いだら逃げてしまえば良い。もっとも、薬自体は怪しくもない、ちゃんとしたものだ。副作用だって殆どない。 「おっと、瓶がなくなった」  ポーションを詰める作業をしながら、夢のスローライフを妄想しているうちに、手持ちの瓶がなくなった。まだ釜には薬があるので、早いところ瓶に詰めなければ品質が劣化する。 「仕方がない。倉庫に取りに行くか……」  研究室の扉に鍵をかけ、倉庫に向かって歩き出す。外に出て、今が夕方なのだと気がついた。 (今日は今あるポーションを詰めたら、家に帰ってベッドで寝ようかな……)  ずっと研究室に籠りっきりで、一睡もしていない。長椅子はあったが、今回は僅かな仮眠すら出来ていなかった。眠気覚ましにシャワーだけは浴びていたが、その効果もあまりなくなっている。  朦朧とする意識のまま、ふらふらと回廊を歩いていると、廊下の角を折れ曲がった所で、ドン! と誰かにぶつかった。 「うぶっ」  鼻が潰れて思わず声をあげる。そのまま尻餅をつくかと思ったが、スキアは肩を掴まれ、難を逃れる。 「おっと。すまない――スキアか」 「っ、セアリアス・クレクトレイク!」 「……フルネームで呼ぶのはやめてくれ」  スキアの声に、セアリアスは顔をしかめた。スキアはそんな些細なことなど気にしない様子で肩を竦め、頭一つ分も背が高い目の前の男を見上げた。  セアリアスは騎士団を束ねる騎士団長らしく、長身で均整のとれた筋肉が着いた青年だ。短く切り揃えた銀色の髪と、深い湖のような青い瞳が美しい。運動不足と不摂生で痩せ細った身体と、寝不足のせいで余計に赤く見える瞳。カラスのような黒い髪を無造作に伸ばして背中で結んだだけのスキアとは、雲泥の差である。  そんな二人ではあったが、騎士団の代表と、騎士団専属の錬金術師ということで、良く顔を見合わせる仲であった。さらに同じ年齢ということもあり、スキアにとっては気楽に話せる数少ない相手でもある。なんなら、錬金術ギルドの同僚よりも、同僚らしい存在だ。 「相変わらず酷い顔だな、スキア。大方、また寝ていないのだろう」 「どこかの筋肉バカどものお陰でな」 「はて、どこの優秀な人材のお陰だろうか?」  白々しく首を捻って見せるセアリアスに、憎しみを込めて脇を肘で突っつくが、鍛えた筋肉はびくともしなかった。 「いい加減にしろよ。いくら副作用がないからって、スタミナポーションに頼りすぎだ。一体、こっちがどんな思いで作ってると思ってやがる」 「愛のこもった素晴らしいポーションだと思っているさ。お陰で団員の士気も上がって、皆実力者揃いばかりだ」  イヤミにイヤミで返され、相手にするだけ疲れる。と、溜め息を吐く。 (ったく、どこが真面目で品行方正な騎士様だよ)  セアリアスは質実剛健で清廉な騎士だと言われているが、どうもそうは思えない。スキアから見ると、十分に性格が悪い男だ。これが外に出ると凄腕の剣と生真面目な性格から聖騎士とまで囁かれる男だとは、スキアには想像しにくかった。 「まあ、良いや。ポーションの瓶が足らないんだよ。倉庫に取りに行くから付き合え」 「まあ、そう言うことなら、手伝おう」  王国の剣たる騎士団長であるセアリアスを荷物持ちに使ったとバレたら、大目玉を食らいそうではあったが、スキアにとっては気を遣う相手でもない。気に入らないついでに遣ってやることにする。どうせ、ポーションの納入先は騎士団なのだ。 「実を言うと、ポーションを貰いに行く所だったんだ」 「またかよ!?」  呆れて顔を歪めたスキアに、セアリアスは肩を竦めるだけだ。  セアリアスは騎士団団長という職権とポーションの力を借りて、団員を地獄のトレーニングに課しているらしい――という噂があるのだが、事実である。事実と若干異なるのは、団員が嫌々やっているわけではないらしいということだ。  スタミナポーションを飲むと疲労が回復するのを良いことに、無茶な訓練を行い、実力者ばかりの精鋭集団になっているとかいないとか。スキアの脳内では筋肉ダルマのムキムキの男たちがポージングをしている状態だ。どうやら騎士団には脳筋しかいないらしい。  セアリアスが団長になってから、王立騎士団の騎士たちは見違えるほどになったと言うので、凄い男なのだとは思う。だが、ブラックはダメだ。人間らしくない。  自身も人間らしい生活が出来ていない原因の半分以上が、セアリアスのせいなので、凄いとは思うが素直に称賛は出来なかった。 「じゃ、こっちの木箱を持って」 「そっちも持つぞ」  瓶が百個入った木箱を、軽々と三つ抱えて、セアリアスが笑う。筋肉め。と口の中で呟き、疲れた身体を引きずって研究室に戻る。  太陽はすっかり沈んでしまい、空には星が輝き始めた。 「ふあ……っ」  欠伸をしながら研究室の鍵を開け、部屋の明かりを灯す。 「そっちのテーブルに置いておいて。俺はちょっと、顔を洗う。ダメだ、眠くて……」  瓶運びで気が緩んだせいか、眠気がどっと襲ってくる。セアリアスはあまり入らない研究室を興味深そうに眺めながら、木箱をテーブルの上に置いた。 「おい、スキア。一本貰うぞ」 「あー?」  生返事を待たずに、セアリアスは待っていたポーションを手に入れようと、詰めたばかりのポーションが並ぶテーブルから、一本ポーションを掴みあげる。ラズベリーピンクの美しいポーションだ。  セアリアスが背後で、ポーションの蓋を開けているのを振り返ることなく、スキアは鏡に映る自分の顔を覗き見ていた。目元の隈が酷い。本当に今日こそは帰らなければ。そう気持ちを強く持つ。 「ふぅ、もう少し頑張ろう」  吐息を吐き出し、スキアは釜の方に足を向ける。 「おいセアリアス、今日は何本持ってくのか知らないけど、ちゃんと台帳に記入しろよ。この前も三本漏れてたからな」 「――」  瓶に移し替える作業を再開しながら、セアリアスに向かってそう言う。だが、いつものように返事が返ってこない。  疑問に思い顔を上げる。  セアリアスは赤い顔をして、口許を押さえていた。目は潤んでいたし、呼吸が荒い。 「セアリアス? どうした?」 「……っ、スキア。もしかして、スタミナポーションは、飲みすぎると、副作用が、あったのか?」 「あ? 肥りやすくなることはあるよ?」  残念ながら、錬金薬も万能ではない。当然ながら副作用はある。スタミナポーションの主な副作用は、肥りやすくなることだ。だが、その副作用も、スキアが作ったものに関しては殆ど発現しない。 「――じゃあ、これは、なんだ……っ」  じっと、セアリアスがスキアを見る。視線の熱っぽさに、スキアはドキリとした。 「ど、どうした――?」  言い終えるより早く、セアリアスはスキアの肩を掴み、仮眠に使っている長椅子にスキアを押し倒しながら倒れ込む。覆い被さってきたセアリアスの体温の熱さに、驚いて目を見開いた。 「ちょっ、なにす」 「……お前が、可愛く見える」 「は――」  何を言ってるんだ。という言葉は、セアリアスの唇に呑み込まれ、音にならなかった。  熱い舌が、ぬるりと唇を割って侵入する。舌先を舐められ、スキアはぞくっと背筋を震わす。胸を叩いて抗議しても、押し返そうとしても、びくともしない。逃げる舌を吸われ、歯を舐められ、唇を噛まれる。 「んっ、む、ん」  セアリアスにキスされているという事実に、頭が混乱する。品行方正で清廉な騎士様は、自分が好きだったのか? と理解できずにキスに翻弄されていると、不意に鼻腔を甘い香りがくすぐった。  口の中に残る、微かな甘さ。無花果に似た青臭さと甘さのある香りに、ハッとしてまだキスをしようとするセアリアスの頭を掴む。 「っ、このっ! しっかりしろっ! お前、媚薬飲んだなっ!?」 「はっ……、あ、媚薬?」  セアリアスの濡れた唇に、スキアはドキリとした。熱っぽく、色っぽく見えるのは、媚薬のせいだろう。でなければ、こんな。 (使ったことはなかったけど、こうなるのか……)  我ながら、恐ろしい薬を作ってしまったと思いながら、なおもグイグイと身体を押し付けるセアリアスをなんとか押し返そうと腕を伸ばす。プルプルと、筋肉が震えた。 「スタミナポーションじゃ、ないのか……?」 「スタミナポーションはストロベリーピンク! 媚薬はラズベリーピンクだっ!」  そんな違いが解るか。とでも言いたげな顔でスキアを見下ろし、セアリアスは甘い吐息を吐いた。媚薬の香りに、スキアの頭がクラクラする。 「どちらにせよ、どうしようもない」  はぁ、と息を吐いて、セアリアスがグイとスキアの身体を引き寄せる。燃えるほど熱い身体に、ビクッと肩を揺らす。 「っ、あ……」  セアリアスの昂りを押し付けられ、カァと顔が熱くなる。彼がどんな状況なのか思い知り、スキアは熱い顔をパンと叩いて、棚の方を指差した。 「中和剤! 急いで中和剤作るから! 待ってろ――」 「ムリだ」  セアリアスはスキアの首筋に顔を埋め、ちゅうっと皮膚を吸う。舌が首を舐める感触に、スキアは真っ赤になって首を振った。 「セ、セアリアスっ……!」  ぞく、と背筋が粟立つ。セアリアスの手が、ローブの隙間から肌を探る。武骨な手に撫でられ、ぞくぞくと身体が揺れた。 「お、お前っ……」  やる気なのか? と瞳で問いかける。セアリアスは媚薬のせいか、やや乱暴にスキアを求めた。淑女にするような優しさはなく、飢えた獣のようでもある。 「スキア、力を抜け」 「出来るか、バカっ……! お前こそ、冷静になれっ……」  ピクン、身体が震える。スキアは媚薬を飲んでいないのに、セアリアスが触れた箇所が、熱くて蕩けてしまいそうだった。 「……ちゃんと、感じてるな」  呟きに、スキアは羞恥に顔が熱くなった。セアリアスに触れられただけで反応してしまったことに、動揺して暴れだす。だが、すぐにセアリアスに押さえ込まれてしまった。 「や、やだっ、離せっ……何で俺っ……」 「……言っただろ。お前が、可愛く見えるんだって」 「だから、それは――」  薬のせいだから。言いかけた唇を、再び塞がれる。 「んっ、んぁ……ん、ふっ……」  口から漏れる声が、自分の物とは思えぬほど甘くて、スキアは頭がおかしくなりそうだった。ボンヤリしてしまうのは寝不足のせいだと言い訳して、力の抜けてしまった腕でセアリアスの肩を押す。  抵抗どころか同意にすら見える仕草に、セアリアスはゴクリと喉を鳴らし、性急にスキアの下穿きをずらした。下着まで剥がされ、スキアがビクッと震え、涙目でセアリアスを見上げる。 「やめろと言うのはムリだぞ……」  先手を打ってそう告げたセアリアスに、スキアは真っ赤な顔で顔を背けた。 「みっ……見ないで……。お願い……」  そう言われると俄然、見たくなったが、僅かに残る良心に、セアリアスは小さく頷く。  ローブに隠れたまま、セアリアスは手探りでスキアの秘所を探る。双丘を割り、窄まりに指を這わせる。 「んっ!」  スキアの指が、セアリアスの肩をぎゅっと掴んだ。 「あ――」  つぷ、と指が挿入される感覚に、スキアは目蓋を開いた。信じられないような場所を暴かれ、どうしていいか解らなくなる。その上、蠢く指の感触と腸壁を擦る動きに、快感を感じて驚いてしまった。 (こ、んな……)  知識としては知っていた。貴族が同性の愛人を囲うのも良く耳にする話だ。だが、気持ち良いものだとは知らなかった。苦痛しかないのだと思っていた行為に快楽を感じ、戸惑ってもぞもぞと動くのを、セアリアスが耳許にキスをして宥める。 「少し、我慢して……」  甘い声にさえビクンと身体が震え、スキアは黙って目蓋を閉じた。  柔らかく解された穴に、硬いものが押し付けられる。それがセアリアス自身だと気づいて、緊張に身体が固くなる。セアリアスは少しでもスキアの緊張を解そうとするように、背中を撫で、頬に首にキスをする。  やがて肉を引き裂き、昂りがぬっと内部に侵入してくると、スキアは苦痛に顔をしかめ、セアリアスの肩にぎゅっと爪を立てた。 「いっ――、痛っ……」 「ごめん」  悪びれない口調でそう言い、セアリアスはぐっと腰を押し進める。一番太い鈴口が入ってしまうとそこからは一気にずぷんっと入り込んだ。内部を押し広げる感覚と、下から突き上げられる圧迫感。他人が入り込んでいる感触に、スキアはビクビクと身体を揺らした。 「あっ、あ……」 「スキア……」  名前を呼ばれ、唇を塞がれる。 「んっ……」  下も上もされるがままになって、スキアはぼぅっとしたまま、セアリアスにしがみつく。ドクドクと脈打つのを腸壁ごしに感じて、堪らずゾクゾクと背筋が粟立った。 「セア、リアス……っ」  せつなげに名前を呼ぶと、まなじりに浮かんだ涙をセアリアスが舌で掬う。甘い表情で見下ろすセアリアスに、スキアはドキドキと心臓が鳴った。 「動くぞ」  短い宣言と同時に、腰を打ち付けられる。ずぷずぷと擦り上げられ、スキアは堪らず声を漏らした。 「あっ、あ、あっ……ん」 「っ、ふっ……くっ……」  上で喘ぐセアリアスの色っぽさに、スキアはクラクラする。媚薬のせいなのか、セアリアスは辛そうでもあった。 「ひぁ、あっ! あっ、セアリアスっ……もっと、ゆっくりっ……」 「すまんっ……!」  止まれないのか、セアリアスは激しく突き上げ、スキアを快楽に突き落とす。睡眠不足で弱った思考と体力もせいで、スキアは揺さぶられるままに喘ぎ続けた。  やがていっそう激しく貫かれ、肉輪が刺激で赤くなる。パンパンと激しい音が、研究室に響く。 「あっ! あっ、あ……っ!」 「スキアっ……!」  ビクッと身体がしなり、スキアの性器から白濁が弾けとんだ。同時に、セアリアスが名前を呼びながら、スキアの中にドクドクと精液を注ぎ込む。粘液の熱さと、中でビクビク震えるセアリアスに、スキアはゾクゾクっと肩を震わせた。 「は――、は、はぁ……、はぁ……っ」 「ス、キア……」  セアリアスが手を伸ばし、唇を重ねる。軽く啄むようなキスを繰り返し、徐々に舌が絡まる。くちゅくちゅと音を立てて舌を絡ませ、スキアはボンヤリしたままキスの感触に酔いしれた。 「ふ、んっ……」  だんだん深くなるキスに、スキアはゾクッとしてセアリアスを見上げる。達したばかりだというのに、何故か欲望に濡れた瞳を見せるセアリアスに、スキアはドクンと心臓が鳴った。  予感のままに、セアリアスはスキアの身体をうつ伏せにさせ、覆い被さる。 「えっ、ちょ……?」  戸惑うスキアの尻を浮かせ、セアリアスは再び猛った己をスキアのアナルに押し付けた。  熱と質量を感じ、驚いたが抵抗するには遅すぎた。スキアが何か言う前に、セアリアスが再び中へと入ってくる。 「あっ、ん――!」  擦られ過ぎて敏感になったアナルを引っ掻き回され、スキアは荒い息と甘い声を漏らした。獣のように背後から貫かれ、精液でぬるぬるする中を擦られる。  じゅぽじゅぽと卑猥な音が耳を犯し、精神を侵す。喘ぎ続けたせいで唾液が零れ、ソファーを濡らした。 「ひぁ、あっ、あんっ、あ、あ……!」 「スキア……、お前、可愛いな……」  甘い囁きを聴きながら、スキアは再び精を撒き散らした。    ◆   ◆   ◆  ハッとして目を覚ます。身体が酷く怠い。その上、ギシギシと筋肉が悲鳴を上げていた。 「っ……、んあ!」  起きあがろうろして、穴から精液が零れる感触に、思わず甘い声を上げる。丁度そこに、桶に湯を持ってセアリアスがやって来た。 「起きたか」 「――セアリアス」  スキアはどんな顔をして良いか解らず、戸惑って思わず目をそらした。顔が熱い。心臓がバクバクする。 「湯を持ってきた――俺が綺麗にしてやっても良いんだが」 「良いっ! 見ないでくれっ!」  慌ててスキアが首を振ると、セアリアスは「そう言うと思った」と肩を竦める。  このまま後処理なんてされたら、本当に尊厳が死んでしまいそうで、スキアは顔を真っ赤にしてセアリアスを隣室に追い払う。衝立の向こうに追いやられながら、セアリアスはスキアの身体を心配した。 「大丈夫か?」 「……まあ」  返事をしながらローブを脱いで、濡れた布巾で身体を拭う。ギシギシ身体が痛んだが、それ以上に、冷静になった思考が呼び起こした記憶に顔が熱くなる。 「おい」 「覗くなよ!」  衝立から顔を覗かせるセアリアスに、スキアは慌てて怒鳴る。 「……別に良いだろう」 「良くないっ」  セアリアスに触れられたことが、恥ずかしくて堪らない。あんなに乱れてしまって、羞恥で死んでしまいそうだ。  一通り着替え終えたのが気配で解ったのか、セアリアスが「終わったか?」と声をかける。 「ああ……」  出来ればさっさと帰ってほしかったが、セアリアスはそうはしなかった。温かい紅茶をカップに淹れて持ってくる。 「――その、すまん。理性が……」 「っ、べ、別に、良い。事故だし……」  紅茶を受け取り、カップに口をつけて啜る。セアリアスも椅子に腰掛け紅茶を啜っていたが、やがてずっと聞きたかったのを我慢していたような顔で口を開いた。 「おい、あのポーション――一体、何だ?」 「あれは……」  良い淀むスキアに、セアリアスがじっと瞳を覗き込む。嘘や冗談など言える雰囲気ではなかった。 「あ、あれは、媚薬だ。まあ、媚薬と言っても、精神を操るようなもんじゃない。ちょっとした遊び道具だよ」  ようするに、興奮剤の類いだと、セアリアスに告げる。それを聞いたセアリアスは、徐々に顔をしかめ、それからハァと重い溜め息を吐き出した。 「何で、そんなものを作ってる? 良く作ってるのか? 何のために」  詰め寄るセアリアスに、スキアは面食らう。顔をずいっと近づけられ、ドクンと心臓が鳴った。 「な、なんでも良いだろ」  顧客は貴族なので、おいそれと事情を説明するわけには行かない。そう思って口をつぐんだのだが、セアリアスは納得しなかった。 「良いわけがないだろう。俺だって被害者なんだ。あんな薬――」  その言葉に、スキアはムッとした。あんな薬がなければ、こんなことにならなかった。そう言いたいのだと気付き、その先を聞きたくなくて言葉を遮る。 「う、るさいな! お前が間違えるのが悪いんだろ!」 「仕方がないだろう! あんな似たようなポーション! そもそも、あんな場所に置くな!」  スキアの言葉に、セアリアスもついカチンとなって言い返す。セアリアスにも自分が悪いという気持ちはあった。騎士の精神力で捩じ伏せられなかったのは、スキアが魅力的に見えたからだ。だが、だからと言って無理強いしたかった訳ではない。謝りたかったのに、素直な言葉は出なかった。 「勝手に飲む方が悪いだろ! ここには色々な試薬があるんだ。お前が悪い!」 「俺が悪いだと!?」 「そうだろっ!」 「――感じていたくせに」 「なっ……」  指摘され、スキアはビクッと身体を震わせた。険しい表情で、セアリアスが詰め寄る。 「俺は媚薬とやらで不可抗力だったが、お前は違うだろうが。俺で気持ち良い思いをしたくせに、俺だけが悪いのか?」 「そっ、それはっ……! っ、ね、寝不足で、判断力とか、なかったし……」  しどろもどろのスキアを壁に追い詰める。セアリアスは壁にスキアを押し付け、頬に触れた。ピクンと、スキアの身体が揺れる。小動物のようだ。 「それで?」 「っ、だ、だから、事故、だろ……」  それ以上、深く追求するなと、スキアは目を逸らした。スキアの長い髪を指先で掬って、セアリアスは「ふぅん」と息を吐く。その間、スキアは追い詰められたネズミのようだった。 「それで、何故媚薬なんてものを? 誰かに使おうと思ったのか?」 「違う。依頼だ。相手は言えない」  おいそれと口外出来ない相手なのだろうと察して、セアリアスは刺々しい雰囲気を幾分和らげた。スキアはホッとしたが、セアリアスはまだ距離を詰めたままだ。威圧的に接しているのだろうが、先ほど肌を合わせた相手だと思うと緊張するばかりで、恐怖心はわかなかった。 「お前、危ない真似はするなよ」 「平気さ。ちょっとした小金稼ぎだ」  それが危ないんだろう。という言葉を呑み込み、セアリアスは溜め息を吐く。 「何が不満なんだ。そんなに稼いでどうする」  堅実に生きろという意味を込めてそう言うセアリアスに、スキアはふんと鼻を鳴らした。 「不満に決まってる。俺は金を貯めて、こんな仕事辞めてやるんだから」 「――辞める?」  どういうことだと顔をしかめるセアリアスに、スキアはにまっと笑って見せる。 「おう。いずれ郊外に家買って、悠々自適に暮らすんだ。仕事なんかせずにな!」 「お前……」  呆れたような口調に、「なんだよ」と唇を膨らませる。セアリアスは何か言いたそうな顔をしたが、「とにかく」と話題を変えた。 「とにかく、あんまり危ない真似をするなよ。相手がタチが悪かったら、最悪な状況になるからな」 「わーかってるって! 俺の方からも忠告。不用意にポーション飲むなよ? あと、あの媚薬、金貨一枚だからな」 「金っ……」  絶句するセアリアスに溜飲が下がって、スキアはふんと鼻を鳴らした。  セアリアスはしばらくぶつぶつと文句を言っていたが、スキアが眠そうなのを見て、「早く寝ろ」と言って立ち去る。  スキアは大きなあくびをして、錬金釜を片付けると研究室を出て鍵を掛けた。 「ふあ……。媚薬作り直すのは……明日で良いか……」  身体は怠いし、疲労は限界だ。  ふと、セアリアスの言葉を思い出す。 『俺は媚薬とやらで不可抗力だったが、お前は違うだろうが』 (っ、寝不足、だったから、仕方がないんだから……)  抵抗できなかった言い訳を、誰に言うでもなく思う。セアリアスの腕と肌の温もりを思い出し、じわりと顔が熱くなった。 (媚薬のせいだっ……媚薬のっ……)  もしかしたら、使用した人間だけでなく、周囲にも影響があるのかもしれない。そうに違いない、と思いながら、スキアは家路への道を足早に歩いていった。
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