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鬼は暴れたいが音を出せないので小さく跳ねるだけだ。口を大きく開き、声にならない叫びをあげ続けている。血の涙を流しながら、目の前の少女を見る。
スミは無表情だ。怒りも悲しみも、仇を討ったという喜びさえない。ただひたすらに、静寂がその場を包む。
鬼が炭となったのはそれから二日後だった。スミはその場を離れなかった。理屈はわからないが、特に木や葉を足していないのに鬼は燃え続けた。苦しみ、悶えながら鬼は息絶える。
阿鼻叫喚も断末魔の悲鳴もなくまったくの無音、心がこれっぽっちも動かなかった。
父様。きっと私は、道を違えてしまいました。兄様を焼き殺しても涙一つでないのですから。
兄だと思っていないなどと、嘘だ。どうしようもないゴロツキで家族を壊した張本人だが。それでもたしかにたった一人の家族だった。その死にざまを自分はずっと見つめ続けていた。
父を、母を、兄を殺した己こそ人でなしだ。心が死んでいるのなら死者と同じ。
その日からスミは化粧を施す前に必ず己の唇に紅をつけるようになった。亡骸を前に静まり返る中、今日もスミはまず己に紅を塗る。己の死に化粧を、先に。
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