化粧人

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 町人などからはお金を取るが、貧しい者たちからはお金を取らないと現当主のスミは農村部の者たちからとても慕われていた。歳は若いが八歳の時から既に化粧人として働いてきたので知り合いはとても多い。  死者に化粧をしているときは化粧人以外入ってはいけない。そして化粧を施している時一切声を出したり音を立ててはいけないというしきたりがある。  道具箱を開けるときさえ音を立ててはならない。スミは慎重に箱を開けて白粉や筆を取り出した。  化粧はその人に最も合った色合いを選ぶ。もちろんその人が生前どんな人だったか知る由もない。しかし顔を見ればどんな人だったのかわかる。たとえ病で亡くなってやせ細っていようが、怪我をして顔面の形が変わっていようがその人がどんな生き方をしてきたのかは顔つきを見れば一目でわかるのだ。  この女性は誰からも慕われていて娘に愛情たっぷり注いできた人に違いない。目元口元に笑い皺ができている。貧しくてもそれを嘆くことなく精一杯自分の人生を歩んでいたのだろう。  それならば笑った顔が似合う明るい化粧。派手すぎると逆に下品になる、この女性に合った紅や白粉を選ぶ。白粉の種類だけで二十以上、微妙な色合いの違いから一つを選び化粧を施していく。  外からバタバタと板がぶつかり合う音がする。今日は風が強いのでそこら中からいろいろな音がする。桶が転がる音、大きな音に驚いて鳴き声を上げる牛。  化粧中は静かにしなければいけないのは村人たちもわかっているので、何とか音を立てないように牛をなだめたり物を片付けたりしている様子がわかる。それでもこのままではいけないと、スミは声を立てないまま口だけパクパクと動かした。 お静かに。  そう口だけで告げ終わると音がピタリと止む。外は相変わらず音が鳴っているのだろうが今この家の中はまったくの無音だ。直系の血筋だけに受け継がれてきた化粧人としての力。これを使うと数日の間熱が出てしまうのだが今日は仕方ない。  白粉を塗り終わり唇の紅を選ぶ。農村部ということを考えれば真っ赤な紅は似合わない。しかし女としてお洒落をしたかったという思いはあったはずだ、家の中を見渡してもきれいに片付けられていて掃除も行き届いている。日ごろからきれい好きだったのだろう。この女性が履いていたと思われる草履も泥が少なかった。
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