化粧人

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 兄はその様子を退屈そうに見ていたが、ふと、部屋の隅に千両箱があるのが見えた。スミからは見えない位置だ、音を立てないようにそっとそちらへと近づく。家人は誰もいない、考えてみたら盗み放題だ。ニヤリと笑って箱に手を伸ばしたが。 「さわるなあ!!」  突然死んでいるはずの若旦那が声を上げる。 「ひいっ!?」  その声に驚き、そして恐怖で思わず悲鳴をあげていた。スミは兄を振り返りもせず立ち上がって数歩後ろに下がる。 「音を立てるなと言ったでしょう。こうなってしまってはもうどうしようもない」  商人にとって金は命と同じ位大切だ。それは自分の財産だからではなく、お客様から預かっている大切なお金。それを目の前で盗まれそうになったら怒るのは当然である。 「悲鳴をあげなかったらそのまま眠りについていたのに。あなたは本当にどうしようもない」 「やかましい! さっさと何とかしろ!」  大きなため息とともに咎められ、カッとなって怒鳴りつけていた。そしてゆらりと立ち上がった若旦那はスミに襲いかかる。  しかしスミは慌てることなく懐に手を入れると何かを取り出し、一撃をひらりとかわして若旦那の額にぴたりとつけた。 「か、がっ、ああ」  若旦那はガクガクと体が震えたが、目を閉じてその場に倒れた。スミが持っていたのは木の枝だった。 「な、なんだ、それは」 「(しきみ)です。樒は魔除けの力がある。悪霊になりかけていましたが樒で落ち着いて頂きました、間に合ってよかった」  若旦那を元通り布団に寝かせて身なりを整えてやる。そしてゆっくりと兄を振り返った。 「風の噂で聞いたのですけれど、あなたはこの方と一緒に商売を始めていたらしいですね」  まさか知られているとは思わず兄は驚き目を見開いた。 「どうせまともに商売をする気などなく、最初から金目当てだったのでしょう。若旦那様が亡くなったのは何者かに頭を強く殴られたからだと聞いています。誰が殺したのか、あなたはよくご存知なのでは?」  ダメだ、妹にはもう全てがばれている。そう、最初から騙すつもりで近づいた。ニコニコと人の良さそうな男だ、簡単に騙せると思っていたのにあっさりとばれて揉め事となり。酒が入っていたこともあって、部屋にあった置物で頭を殴りつけたのだ。
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