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声は出ていない、唇の動きだけだ。しかしそれだけで兄は動けなくなった。声だけでなく音を出す行為全てが封じられてしまった。千両箱を振りあげてしまっている時点でもう動くことができないのだ。少しでも動けば音が鳴ってしまう。
「若旦那様は悪霊にならずに済みました。しかしあなたは悪霊、いえ、もはや悪鬼になってしまっている」
樒を持ち、近寄ってくる妹。その顔には全く表情というものが浮かんでいない。
「悪鬼に化粧は不要です、死者ではありませんから」
トン、と樒を兄の喉笛につける。その樒は先ほどの樒ではない、数本束ねた太いものだ。
まて、おれはおまえのあにだろう、やめろ、きょうだいなんだぞ
パクパクと口の動きがそう訴える。しかしスミはコテン、と首を傾げた。そして迷うことなく樒を突き刺した。
「!!」
ずぶずぶと、樒が首に刺さっていく。激痛で叫びたい、暴れ回りたいが音を出す行為を全て封じられている。動けないまま、首に枝が刺さっていくのを味わうしかない。
「きょうだい? 誰が?」
渾身の力を込めて、枝を奥まで突き刺した。
「お前を兄と思ったことなど一度もない」
は、と鼻で笑う。初めて見る妹の感情。それは確かに冷笑だった。
外に出ると家の者たちが心配そうに集まっていた。音を立ててはいけないのに何か音がしたのでただごとではないと思ったようだ。
「ご心配をおかけしました。若旦那様には恐ろしい鬼がついておりました。私の方でなんとかしましたので、化粧も終わっております」
その言葉に驚いた家人たちは中に入る。するときれいに化粧が終わった若旦那のそばに化け物が倒れていた。頭から角が生えて顔は酔っ払っているかのように真っ赤だ。首には太い枝が突き刺さっている。
「ひいっ、あ、赤鬼!?」
若旦那の母が悲鳴をあげる。尻餅をついてしまった姑に嫁が駆け寄って肩を貸した。
「ご安心を。動きを縛っております、襲ってくる事はございません」
「ま、まだ生きているのですか!?」
「鬼は生きる力が強い。魔除けの樒を刺したところでトドメとはなりません」
「どうすれば」
不安そうにする家人たちにスミは、にこりと笑った。無表情な姿しか見たことがなかったので、家人らは驚いた。笑うととても美しかったからだ。
「化粧人である私の仕事です。責任を持って対処しますので。今は若旦那様のお側へ」
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