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「お母ちゃん、悔しかったろうになぁ。流行病になっちまったら、あっという間じゃ」
母を前に娘は手ぬぐいで目元を押さえながら母に話しかけていた。近所の人も集まってみんな泣きながら布団を取り囲んでいる。
夫を早くに亡くし人一倍働いていた。流行病はあっという間に命を奪ってしまった。貧しい農村では医者にかかる金がないからだ。
母の顔色は真っ白で唇がカサカサに乾いている。亡くなった人が眠っているかのようだというが、それは実際目の当たりにすると違うとわかってしまう。
死者は死者だ。生きているときの艶張り等は無い。乾いていて血の気が全くない。
「ごめんくださいませ」
家の外から声がして、娘はふらふらと立ち上がろうとするが叔母が先に立ち上がる。
「私が出るから、涙を拭いておきな」
そう言うと叔母は戸を開ける。そこに立っていたのは少女だった。年は十五、六ほど。手には大きな箱を持っている。
「化粧人です」
「よう来てくださいました。よろしくお願いします」
叔母と集まっていた人たちが皆静かに頭を下げる。娘がようやく涙を拭いて深々と頭を下げた。
「本当によう来てくださいました。お金も何もないうちに」
「仏さんに化粧を施すのが私の役目。そこに金持ち貧乏は関係ありません。順序が逆になりましたがこのたびはご愁傷様です」
少女は正座をしたまま深々と頭を下げる。
「これからこの方に化粧を施します故、掟にならって皆様は部屋を空けていただきたく」
「分りました。今のうちに葬儀の準備やら何やら、やらなければいけないことがありますのでそれをやっていましょう」
皆ぞろぞろと家を出た。そして最後に娘が家を出ると少女は戸に閂をかける。女性の枕元までやってくると正座をして深々と頭を下げた。
「これより、あなた様の旅支度をお手伝い致しまする。顔に化粧を施します故、決してお顔動かされませんよう。口を閉じ目を閉じて今しばらくお待ち下さいませ」
死者が動くことなどもちろんない。それでもこれは相手に対する礼儀である。
死者に化粧を施す化粧人。古くから存在するこの職業、いや、一族は代々その生業を大事にしてきた。
死者に豪華な着物を着せて美しく着飾り、閻魔大王に立派な人間だと思われるようにと死者を派手にするのは流行である。
貧しい農村部ではもちろんそんなことができず、せめて化粧だけでもと化粧人が呼ばれるのである。
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