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プロローグ
聖女アンナは手に汗を握り、息を荒くしていた。
その向かいに魔王ガイアスが口の端を上げて笑っている。
「ククク……聖女よ、もう終わりか?」
魔王の挑発に、聖女はキッと顔を上げて睨み返す。
「まだ……まだいけるわ!」
その様子に、魔王はさらに笑みを深くした。
「では我が攻撃を食らうがいい!」
そう言われ、聖女は覚悟を決めてフォークを目の前の肉料理に突き刺し口に運ぶ。
瞬間、聖女の目が輝き、顔がだらしなくとろけた。
(ああ、なんてよく煮込まれたお肉なの! 噛む必要なんてないくらい柔らかいわ!
それに口に肉の旨みとスパイスが広がる! どうやって作ったか知らないけど、とてつもなくおいしいわ!)
思わず脱力して肘をテーブルに付きそうになるが、聖女としての意地でなんとか堪える。
そして肉料理を完食した。
「聖女よ、どうだ我が攻撃は?」
「ふ、ふん! このくらい、どうってことないわ!」
聖女は強がり、スプーンでスープを口に運んだ。
再び、聖女の顔はとろけた。
(野菜の旨みがスープに溶け込んでいるぅ!
しかもコショウがいいアクセントになっているわ!
こんなスプーンで、ちまちま掬うんじゃなくて、器ごと持って飲み干したい!)
器を持ち上げそうになる衝動を抑え、聖女はスープをなんとかスプーンで平らげた。
――一件茶番であり事実茶番であるが、一応、本人たちは真剣だった。
この茶番が始まった理由を知るには、少し時間を遡る必要がある。
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