第三十四話 男爵領

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「そろそろだ」  今年30になる青年は生唾を飲み込んだ。 「わかった! 皆、準備はいいな!」  目の前のいかつい中年男が、手にした農具に力を込め、声をあげる。  そういえば、この暴動を言い出したのは、この最近顔を見るようになった中年男だったか。  ーーいや、そんなことはどうでもいい。  もうここまできたらやるしかないのだから。  青年は軽く頭を振って雑念を飛ばした。  目の前の中年男を見ろ。  なんら揺らぎなく、戦おうとする男の顔じゃないか。  まるで訓練された兵士だ。  建物の影から領主邸をうかがう中年男をみて、彼もまた覚悟を決めようと自分を鼓舞する。  しかしその背後では、 「ほ、本当に城を襲うのか……」 「あ、ああ……だな」  弱気なさざめきを感じなくもなかった。  城の動向をうかがうため、先陣を切ろうとしている中年男には聞こえていないようだが。  正直、青年も含めて半数は、近づいてきた領主の城を前に、先ほどまでの勢いを失ったように沈黙していた。  周囲には緊張が漂よう。  当然だ。  これは命をかけた戦い。  しかも普段従っている相手に刃向かうのだ。  なのに、戦略もなにもないーー。  彼らにあるのは、ただ苛立ちと空腹を暴力で訴えようという単純な衝動だけ。
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