第三十五話 銀の女神

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「皆さん、この冬は大変な時間を過ごされたことでしょう」  できるだけ慈悲深く、けれど威厳を保って呼びかける。 「わたくしは皆さんを救うために参りました」  一度、あえて間を開けて、聴衆の耳にしっかりと言葉が届いていることを確認する。 「ご存じの通り、公爵家の領地には充分な麦があります。わたくしの父が、昨年のうちに多くを買い取っていたからです」  こういうとき、隣り合った領地の話は耳にしているものだ。 「すでに土地を捨て、公爵領に流れやってきた方もいます。彼らにも粥を配っていることはご存知でしょう。」  周囲はしん、と静まり返っていた。  全ての目線がわたしに集まっている。  本当は人前に出ることに震える。けれど、わたしは胸を張ってみせた。 「わたくしたちは、皆さんを見捨てたりはいたしません!」  そっと、静かに腕を民に向けて差し出す。 「しかし、わたくしは住み慣れた地を離れる心許な差を知っています。あなたがたには、この地で暮らしながら、ひもじい思いをせぬよう支援を予定しています」  わたしが言葉を口にするたび、絶望と虚無がはりついていた民の顔に、少しずつ戸惑いと希望が湧いてくるのが見てとれた。 「その証拠を、すぐにお見せいたしましょう。すぐにここに王家の馬車もやってくるのです。わたくしたちも王家も、不正を正すために参りました。皆さんが武器を取らずとも、これ以上の血を流さずとも、すぐにこの扉から必要な物資を運び出し、支援に役立てることをお約束します」  こわばっていた彼らの腕から、武器となる農具が下げられていく。
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