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春、うららかに
※四年生の春の話です
「今日はお花見のはずだったのにねえ」
珠希さんが宙を見上げ、どこか寂しそうな声で言った。俺も噛んでいたおにぎりを飲み込んでから、彼女の視線を追いかけた。
「ああ。今年はめちゃくちゃ遅いよな」
始業式を終えた俺たちは、いつもの池のほとりのベンチで、ふたりそれぞれ持ち寄った弁当を広げていた。
さて、季節は春を迎え、池を囲う木々の枝には萌葱色の葉がぽつぽつと芽吹き始めていた。しかし、例年なら桜の花が満開を迎えている時期なのに、頭上に伸びている桜の枝にはぽつんと一輪の花が咲いているだけだ。
今年は二月からの記録的な寒さが影響したのか、桜の開花が全国的に大きく遅れていた。こことて例外ではなく、明日には入学式が執り行われるというのに校内の桜はほぼほぼ蕾のままの状態だった。
自分が入学してきた時は、正門から本部棟に続く桜並木が見守ってくれていた。その美しさは今でも鮮やかに思い出すことができる。
そう、入学式に桜が間に合わない。これは由々しき事態だと思う。新入生にとって、新しい日々の幕開けがあまりにも寂しいものになりはしないか。
もし普通の学校なら『仕方ない』『どちらでもいい』あたりで済んでしまうのかもしれないが、ここは全国に六箇所しかない魔術の学校。魔術の研究とその実践も兼ねて、校内の数カ所で桜の開花調整を行うことが会議で決まったそうだ。
そのため数日前から講堂や正門の近くで、教官や専科生たちが忙しく動き回っている。新四年生の学生も演術補助に加わることになり、選考の結果、森戸さんがそのうちの一人に選ばれた。
「淑乃ちゃんがいれば大丈夫だよね。力強いし上手だし。でも、環くんがダメだったのは意外」
「俺は細かいことは苦手だからな……」
俺も勉強になればと名乗りを上げたが、選考に落ちてしまった。魔術を使えば昔話のお爺さんが灰を撒いてやったようにあっさりできそうにも思えるが、老木とて生き物。負担をかけないためには術式を緻密に組み、演術する必要があるらしい。
俺はなんでもそつなくこなせはするが、何もかもが大ぶりで繊細さに欠けると評されている。今回の任務には向いていないと判断されてしまったようだ。
「ところで、部屋のお片付けはもう終わった?」
珠希さんはニコニコと笑う。
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