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今まで通り、朝食や夕食は先生と一緒に雪寮の食堂で食べるし、消灯時間になると先生が部屋の確認にも来る。朝は隣の部屋に住んでいる先生を起こしに行ってるし、ひとりで暮らしているという実感にはほど遠かった。
「ああ、たぶん大丈夫だと思う。先生は隣に住んでるし、ひとりって感じではないぞ。寂しい……と思うこともあるけど、気楽でもある」
「環くんのお部屋に遊びに行ってみたいなあ」
「……他の学生を部屋に入れるのは禁止だって」
「ダメなの?」
「……まあ、うん。やっぱり色々問題なんじゃないかなと。かなりキツめに言われてるから、破ったらやばいだろうな。だから、ごめん」
「そっか、残念」
珠希さんは肩をすくめてみせる。それから俺の手に自分の手を重ね、指を絡めながらえへへと笑った。その横顔につい見惚れてしまう。
コロコロと可愛らしい笑い声は出会った頃と変わらないが、近頃すっと大人びた感じがする。髪が長くなったからだろうか。
鎖骨にかかるほどに伸びた珠希さんの髪をすくうと、木の枝が音を立てて揺れた。
「はっ!? 何だ!?」
びっくりして、つい声が裏返る。風は、ない。一気に背中が冷たくなっていく。
おそるおそる振り返っても普段通りの静けさが広がっているだけだった。
心臓がどうしようもないほど強かに打っている俺とは違って、珠希さんは揺れることない様子でふんわりと言った。
「うーん。鳥か動物なんじゃない?」
「い、言われてみればそうか」
「うん。春になって、賑やかになったよね」
珠希さんが言うように、小鳥がかしましく鳴いている。
今は真昼間だ。こんなに太陽が高いのだから、俺が恐れるところのお化けや幽霊が出るわけがない。落ち着いて深呼吸をする。
俺が結構な怖がりなのはまわりにとっくにバレているが、彼女の前でだけは強がっていたいのだ。
再びベンチにもたれ、鳥の歌に耳を傾けた。桜はまだ蕾のままでも、うららかな日差しが降り注ぐいい日和だ。
「お天気良くて、気持ちいいね」
「……うん」
重ね合わせた手を互いに握る。目を閉じると心のざわめきはすっかり消え、代わりに数日前の記憶が蘇る。
気持ちいい、か。
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