椅子になりたい

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椅子になりたい

 教室に通じる廊下を俊彦と歩く。1組、2組、俺たちは3組、亜子は4組。一度3組を通り過ぎて4組の亜子の顔を見てから3組に入るのが俺の日課。  いいなぁ。毎日亜子を迎え入れるドア、脚で踏まれる床、そして愛らしい亜子の身体を受け止める椅子。  あぁ……俺は亜子の椅子になりたい。  亜子の姿を見て色んな部位を元気にしていると、突然耳を引っ張られた。俺は振り向きざま、 「人の恋路を邪魔する奴は、シカに踏まれてどん詰まりだぞ!」  亜子にバレないよう、ニヤニヤしている俊彦をそっと𠮟りつけた。 「あ、賢(けん)ちゃん」  バレた。 「おはよ、亜子(最上級の微笑み)。今日は遅くなってごめんね(俺のせいではないのに謝っちゃう出来た人間の俺)」 「賢ちゃん、優しいね。俊くんが遅刻したからでしょ? 大丈夫だよ」  亜子、君は天使だ……  その天使がシャープペンシルを唇に当てながら、 「そうそう、うちのクラス、古典で抜き打ちテストがあるらしいの。一限目だから今必死だよ!」 「うっそ、範囲は?」  俊彦が食い気味で尋ねているが、俺はそれよりも亜子の唇にくっついているシャープペンシルから目が離せない。  なんだよお前。ちょっとシャープペンシルだからって調子に乗ってんじゃねーぞ。  亜子の艶やかで清らかな唇にたやすく触れてんじゃねーよ。 ……いいなぁ。  亜子の手の動きに合わせてくっついたり離れたり、くっついたり離れたり。  あぁ……俺は亜子のシャープペンシルになりたい。 「賢! 聞いてるか?」  突然体を揺さぶられて我に返る。なんだっけ? あ、範囲か。 「まぁ、お前は古典得意だからいっか」 「お、おう」  確かに俺は古典に関してはかなり自信がある。学年でも常に10位以内だし。 「そっか、賢ちゃん古典得意だったよね。もうあんまり時間がないけど教えてくれる?」  神よ、俺は前世にどんな善行をしたのか。  ありがとう、神よ! その調子で頼む! 「いいよ」  俺は平静を装い、亜子の隣に座って丁寧に教えた。  長いまつ毛、細い手首、片方だけにできるエクボ、二つあるつむじ。  亜子、うつくしきこと限りなし。  幸運な抜き打ちテストのおかげで、俺はホームルームギリギリまで亜子と一緒にいることができた。  ちなみに3組の抜き打ちテストは2時限目で、俊彦は地獄に堕ちた。
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