復活節の日

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「懺悔……?」  ヤハが呻いた。どのような罪人にも最後に懺悔が許される。刑の執行はナノマシンが速やかに行うし、罪人の見苦しさを見せないため、通常はこの場に引き出される前に懺悔は終えているものだ。けれども当代のグインは何ら罪を犯していないためその手続きがなかったし、これまでの通常のグインは懺悔などしたことがなかった。  刑は免れ得ないものであるとしても、その最後の願いは叶えられるべきものだ。それは経典に明記されている。グインはこの世界の誰よりも経典について詳しいと自負している。その全てを破壊するために、この1年、余剰の時間は経典の研究にのみ費やしていた。そこから導かれた結論として、その罪が乏しく刑への対価性が認められないなら、当然にその懺悔は尊重されるべきなのだ。グインはこのシステムが厳然と作用することを信用していた。 「そうだ。懺悔だ。アデル。お前は覚えていないかもしれないが、俺は人生の半分はお前とともに過ごした。そして俺は罪と言える罪は犯していない。そうだな」 「既定値を超える罪は見当たりませんでした」 「それであれば罪にあたるはずはない。罰を賜るはずはない」 「グインの罪は経典に定められています。原初の罪として死を」 「最後まで聞け、アデル。その結果は受け入れよう。それがこの世界のシステムだ。動かしがたいシステムさ。けれども俺はお前と巡礼地を巡った。そこで礫を受けた女の話をした。その話は経典にも記載されている。そうだな」 「はい。原初の神の子は罪のない者だけが石を投げるよう言われました」  その時初めて、この世で初めて、俺はアデルと目があったように感じた。  俺はこの世界が憎い。憎くてたまらない。俺は自由に生きることができた。1年の自由があればその死に値する罪を犯すこともできた。けれどもアデルは? この、俺のほんの数瞬だけ遅れて生まれたこの弟は?  こいつは意思も、記憶も、感情も全てを奪われ、その身に過度な負担を呵せられ、罪を犯すことも出来ずに殺される。意味もなく、全ての身代わりとなって。何故? 誰の? 何のために? アデルの死こそ何の対価性もない。  この宗教は、神の名のもとに誰にも等しく罰がもたらされることをその根幹としている。アデルの死は罪たる事実を積み重ねれば罰がもたらされるはずであるこの宗教の、大いなる、そして隠された矛盾だ。 「それであれば、当代の原初の子であるお前が石を投げるよう命じるのなら、俺より罪のない者のみがその命令から逃れられるべきだ。それが衡平というものだ」 「グイン! それは!」  慌ててヤハが口をはさむが、その立場上、適切な法廷の行使を職責とするヤハは法廷に関与できない。 「ヤハ。衡平だ。それが俺の望みだ」 「アデル様、なりませぬ、それだけは」 「経典には復活節に『グイン』に罰を与えるよう、そして同時に懺悔者の望みは正当であれば叶えるよう記載されています。そなたと、そなたより罪のある者に死を授ける」  アデルの目は、覚えていないまでもまっすぐに、世界ではなく俺を見ていた。    その瞬間、ばたばたと倒れる音がした。  ナノマシンはこの国の遍く全てに衡平に結果を齎した。  アデルを除く全てが命を失い、そしてアデルは退出しようとしてよろけ、誰も支える者がないまま、その床に頭を打ち付けた。その手が最後に触れたのは、奇しくも偶然、直前に、そして目前で地に倒れたグインの指先だった。  そうして人類は永遠の眠りについた。 FIN
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