復活節の日

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「アデル。俺はあの向こうに行ってみたい。ここからは到底見ることが叶わない世界の果てに旅をしたい。俺にはそれが許されている。けれどもそれより、お前を1人にしたくない」 「……」 「お前は覚えてないだろうけど、俺はお前とここに毎日登ってるんだ。俺の最大公約数な望みはここでお前と遠くの世界を見ることだな。お前は何か欲しいものは無いか」 「ありません」 「そうか。もうすぐ復活節が来る」  そう述べても、アデルは眉一つ動かさなかった。  この国では復活節を盛大に祝う。  神の子が復活する日だ。全ての原罪を背負ってその日の前夜に神の子が死に、そして復活する。  この直下に広がる広大な街並みの全てが綺麗に飾り立てられ、神の子の死を悼み、そして次の太陽の訪れとともに復活する新しい神の子を祝うのだ。  グインはアデルを見た。真っ白のふわふわとした髪の毛に真っ白な衣装。自分と全く同じ顔は、自分と同じようにキラキラと好奇心に目を輝かせることもなく、ただ真っ直ぐに世界の果てを眺めている。  グインはアデルを後ろから抱きしめ、その視線の先を見定めようとするように目を細める。グインはアデルの体温を感じ、アデルが自分と同じように間違いなくここにいることを確かめた。  それからグインはアデルを傍に座らせ、その日あった様々なことを話して聞かせた。  グインは朝早くに出かけ、この街の聖地を案内をする仕事をしている。この街はでは過度な機械文明が抑制されている。世界に普及するナビシステムは効かないから、人が人を案内をするのだ。  今日、グインは3組の客を案内した。東の大陸から来た商人の一団、山向うから来た若い夫婦、それからこの街の子どもたちの遠足だ。その報酬として手間賃をもらって色々物を買う。その一つであるサンドイッチをアデルに放り投げる。 「それでさ。引率の先生が俺の顔をじーっと見てるの。それで急に顔色が変わってギクシャクするんだぜ。面白かったな」 「……」 「やっぱ辻立ちはよくないのかな。悪いことなんてしないんだけどな。それで気付いてない子どもに歌を教えてもらってさ」 「アデル様、そろそろお休みになる時間です」  ふいにヤハの声が背中から聞こえた。丁度エレベータの扉が開いたところだ。  気づくと世界はほとんど濃い青色に染まり、アデルの視線の先の水平線も、世界の境界としての役割を果たさなくなっていた。  アデルはサンドイッチに手をつけていない。グインはそれを確認してふぅとため息をつき、アデルの手からサンドイッチを回収する。 「次はもっとお前の好きそうなの買ってくるから」  グインはその一欠片ちぎり自らの口の中に放り込みながら、ヤハがアデルを連れ去るのを眺めた。毎日の光景にグインの眉が僅かに憂いを含む。  もう少し夜が進むと世界は黒く染まり、たくさんの小さな光点が溢れかえる。グインはそれを眺めながら持参した毛布にくるまりながらいつしか眠りにつき、気づけば誰かが運んだのだろう、自室で目を覚ますのが日課になっていた。
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