復活節の日

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 アデルと名付けられた原初の神の子に最も近い遺伝子を有した子をクローン再生し、その脳内の意思を司る部分と記憶を司る部分を削除し、生体コンピュータを補助に植え込んで思考回路を制限した。  そしてこの国中に空中散布されたナノマシンによって経典に反する行為をした者を捕縛し、アデルの補助脳がその行為と経典を照らし合わせ、その結論をアデルが確認して宣言する。  その内容に従い、ナノマシンが行為者を処罰する。  死刑の場合は即座に執行し、身体刑であればその部分を切除・残部の治療を行う。過去の記憶が未来に影響しないよう、アデルの記憶は夜毎のメンテナンスと同時に削除される。 「グイン、お前がアデルに何くれと物をやろうとしてもアデルは覚えていないのだ」 「そんなことは知ってるさ。アデルとの付き合いももうすぐ1年になる」 「なのに何故続ける。お前は何をしたいんだ」 「別にいいだろそんなこと。俺は好きなことをしていいことになってるんだから」 「そうだな。構わない。だがこのままでは。お前はこの国が憎いのか」  その時、初めてグインの表情が苦痛に歪んだが、ヤハは自らの手元を見つめていて、それに気が付かなかった。強く握られた拳が震えていることにも。  そしてヤハや再びグインを眺めた時、その様子はもとの飄々としたものに戻っていた。 「憎む以前だ。どうしようもない。そういうものだから」 「そうだな。本当にどうしようもない。何故お前なんだろう」 「知るかよ」 「お前に望みは無いのかね」 「アデルを助けてやってくれ。あいつが何をした」 「それは……私には無理なのだ。この国の誰も」 「どうしてアデルなんだよ」 「たまたまなんだよ。アデルのほうが後で生まれたからアデルなんだ」    話はそこで終わった。  グインはそれから塔の最上階に登って星を眺めた。  夜の最上階は月と星を除いて真っ暗で、ガラスの際に身を乗り出さない限り地上の光は届かない。グインはその人が介在しない星空を眺め、そして自らの手を眺めた。遺伝子上、アデルと同じ手のひらを。  そしてその日も確認する。  自身が経典に反する行為を何ら行っていないことを。  グインがこのシステムに気がついた、もとい示唆されたのは、物心ついてしばらく後のことだった。  その上で、全てを好きにせよと言われた。 「好きにってことはここにいてもいいんだな?」 「それは構わないが」  グインはそう言われ、塔に居座ることにした。そしてまもなくアデルの存在を知り、塔の図書館でその意味を調べた。図書館には当たり障りのない書物しか存在しなかったが、それでもグインの脳は優秀で、その裏に隠れた真実にすぐに到達した。  アデル、つまり自身の同じ遺伝子を有する少し遅れて生まれた弟は、その人格や記憶のすべてを奪われ、この国の礎となるべく生贄となったのだ。  それに気づいてから、グインは何くれとアデルに構った。けれどもアデルは1日経つとグインのことは忘れ去っていたし、そもそも塔にいる人間には誰にだって従った。グインにも、ヤハにも等しく。だからその行為自体に、本当に意味はないのかもしれない。  けれどもグインはそうせざるを得なかったのだ。一瞬遅く生まれたのが自分であったら、自分がアデルと同じ立場であったことを知っていたから。そしてこの運命を呪っていた。  グインは1つの計画を経てていた。
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