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1章
気だるい午後の熱気を避けるように、ベッドで一人本のページをめくっていると、昔のことがしきりと思い出される瞬間がある。昔の友人、過ごした場所、一緒に笑いあった冗談、恋仲になっていた友達。子ども時代に読んだ本を再び開くときのように、思い返すごとに違った感情、異なる解釈が浮かび上がる時がある。これはある、大学生のカップルの物語としよう。僕と彼女の関係をある知人が思い返す時、ありふれた一組のカップルの物語だという風に思い返すのではないかと思う。だけど、僕たちの間にあった複雑な関係、昏い感情を思い起こせるのは僕だけだ。きっとこの世界には、個人個人のたくさんの忘れ去られた過去がこの長い歴史に積もり、時間の層から顔を覗かせ、新たな感情を想起させるのだろうと僕は考えている。
だけど、プリズムを通した光子のように不確定な過去の揺らぎの中にも、絶対的な事実というものは存在する。例えば、僕が通っていた大学の飲み会のゲームでこういうのがあった。一人ずつ順番に、3つの数字を言っていく。「2・3・2」の人もいれば、「0・2・1」の人もいるし、強者だったら、「0・10・5」とかもいる。そして僕は、ずっと「0・0・0」だ。この3つの数字だけで、その人の人生の一部が分かってしまう。これは、「告白した数・告白された数・今までに付き合った人の数」を表しているんだ。飲み会でこれをやると、みんなの酒の進むこと進むこと。古今東西、恋愛は人間から切り離せないとは分かってはいるけれど、残念ながら僕の人生にはあまり関係が無い。「1・3・2」、「0・1・1」、順番が徐々に回ってくると、僕は冷や汗をかいてくる。ただのゲームだと分かっているけど、まるで僕の人生を裁かれているような気がしてくる。大げさだと思うかもしれないけど、当時の僕は実際そう感じていた。だけど、「0・0・0」と言う以外、どうしようもできない。いや、言うだけなら別にいい。「0・0・0」なんて言って若干気を遣われるのが辛い。変に気を遣うぐらいなら、最初からこんなゲームしないでくれって思うけど、でも大学生くらいなら、多少の恋愛経験があるっていう前提なんだろう。そういえば、最後に経験人数を足して4つの数字を言うパターンもある。もちろん、僕は「0・0・0・0」だ。所詮飲み会の時のゲームなんだから、適当にやればいいって言う人もいるかもしれないけど、でも告白したとか付き合ったとか、そういうことでは絶対に嘘をつきたくない。
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