1章

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 皇さんは同じ文学部の2年生で、授業が良く一緒になることもあった。100名近くいる文学部の中でも、皇さんは1年生の時からわりと交流のある方だった。いや、内気で人見知りの僕にしては、この皇さんともう一人、同じ文学部の井上宗太ぐらいしか、親しい友達と呼べる人はいない。高嶺の花と呼ばれる皇さんーいや、正式にお付き合いしているし、夢ちゃんと呼んで欲しいと言われたのだからそう呼ぼう。―夢ちゃんと仲が良いというだけで、僕はほとんど人と喋らないくせに、なぜか文学部の中でも一目置かれたり、学部の中でも、合コン・サークル・旅行と学生時代を謳歌しているタイプのグループに呼ばれたりすることもあるという奇妙な立ち位置を占めていた。だが、そうした繋がりはいずれも長くは持たなかった。僕自身、そういう享楽的な遊びにはとことん興味が無かったし、彼らにしても、夢ちゃんの友達という以外には、特に僕との付き合いに面白みを見いだせなかった。それに加えて、大学生は高校の時のように朝から夕方までずっと同じ教室にいるわけじゃない。挨拶と社交辞令は交わすけれども、お互いのことはほとんど何も知らない、という大学生には典型的な、表面的交友関係ばかりが増えていった。そして、僕が面白くない男だということが次第に周囲に知られていく毎に、文学部の中ではいっそう僕と夢ちゃんの関係の奇妙さが際立つのであった。  しかし、夢ちゃんの覚えめでたい存在であるということに、僕が全く優越感を感じなかったかというと、嘘になる。夢ちゃんと談笑している時にチクチクと刺さる好奇と羨望の視線は、煩わしくも心地よかった。子どもの頃から身をもって知っていた。ある共同体の中には目に見えないけれども、はっきりとした階級が存在すると。その階級を上げるには、階級の高い人物に近づくことだと、身をもって学んだ。とはいえ、僕は自分の立ち位置や周りからの視線など、本当に興味はない。一緒にいれば一目置かれるとか、可愛いとか、そんなことは僕にとっては重要ではなく、夢ちゃんと一緒にいることは居心地が良かった。  それはただ、驚くほど二人の嗜好や趣味が一致していたことに他ならない。文学部とはいっても、意外と文学や芸術に造詣が深い学生ばかりではない、ということを徐々に理解し、ただ純粋に本が好きだから文学部に行きたいと思っていた、入学時の情熱が醒めかけていた時、僕たちはお互いを見つけた。夢ちゃんの読書歴は、話題の映像化作品やライトノベルから、マニアしか知らないような海外の推理小説やファンタジー、世界文学全集に収められているような古典や現代の純文学にまで及んだ。僕も物心ついた時から色んな本を読んできたと自負していたけれど、それでも彼女の知識や独特の解釈にはついていけないことも少なくは無かった。さらに僕が知らなかった本でも、彼女が勧めてくるものはどれも面白くて、ピタリと自分の好みに合うのが良かった。密かに僕が隠し持っていた自尊心を大きく傷つけられる時もあったが、それ以上に尊敬と自分以上に本が好きという友人を見つけられた喜びの方が大きかった。そして大変失礼ではあるが、まさか僕の読書量を凌駕するほど本を読んでいるとは、人目を引く容姿や男子生徒から引く手あまたという普段の印象からは想像もつかなかった。  1年生の時は授業がかぶることも多かったが、夢ちゃんとは、図書館や大学生協の書籍コーナーで一緒になることが多かった。そういった場所で最近読んだ本についての批評や感想を長々と話すのが、いつものパターンだ。それ以外の話をすることもあったけど、好きな異性のタイプだとか文学部の中の噂話とか、浮いた話が話題に上ることは無かった。そんな関係だったから、とても夢ちゃんが自分に対してそういう感情を持っていることなど想像もしなかった。いや、今ですら本当に彼女が僕のような男に恋愛感情があるのか、疑問を捨てきれない。彼女のルックスは僕と一緒にいて、自然に映るようなものではない。なにせ文学部の高嶺の鼻なのだから。それに引き換え、僕は容姿も平凡、いや平凡よりも劣るぐらいの容姿ではなかろうか。お金があるわけでもないし、車を持ってるわけでもない。何か別の意図か事情があるのではないかと考えたこともある。だが別の意図と言っても、僕の貧弱な人生経験からは、何かの罰ゲームで告白しないといけなかった、とかそんないかにもモテない男が思いつくようなことしか、考えられない。いや、そもそもこの1年ちょっとの期間、夢ちゃんと接しているわけだが、そんな理由でやむを得ず、告白してくるような人には思えない。だとしたら、本当に僕のことが好きってことなんだろうか。とてもじゃないけど、俄かには信じがたい。なぜなら、自分が誰かから好かれることがあるなんて、今まで考えもしなかったから。僕はずっと、誰からも好かれない人生を送ってきたから。
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