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第12話 【拳と拳】
昼間から山下ジムの周辺には報道陣が多数集まり出し、近隣の迷惑になるからと早めにジム内に記者たちを招き入れた。既にジム内は熱気で暑いくらいだ。
馬渕はウォーミングアップを淡々とこなし、スパーリングに備えている。昨日から始まった馬渕の世界タイトルマッチ挑戦への最終調整とされた実戦スパーリングは、昨日が6ラウンド、相手は3ラウンド交代を2人、今日の最終日も同じく3ラウンド交代を2人だ。4人のスパーリング相手は全員がサウスポーで、山下やトレーナーが対戦相手のメキシカンの王者とタイプが似ている選手を厳選して集めた。風城は今日最初の相手だった。
昨日より圧倒的に記者の数が多いのは風城がいるからだった。記者たちは誰もが数年前の例の試合を知っているから当然だった。
風城は軽いストレッチだけでウォーミングアップを済ませた。
会長の山下が唐木の元にやって来た。
「ウォーミングアップはもう良いのか?」
「ええ、来る前に多少身体は動かして来ましたから」
真っ赤な嘘だった。風城は普通のプロボクサーでは常識的にも考えられない位の試合間隔で闇ボクシングの試合をこなして来た。無駄に体力を消耗するようなウォーミングアップを風城は逆に嫌った。
「馬渕、どうだ?」
山下がリング内でシャドーボクシングをしている馬渕に声をかける。
「ハイ、OKです」
「じゃ、そろそろ始めようか」
記者たちがリングの周りに集まり出した。唐木が風城の腕にグラブを嵌める。風城の顔つきをさっきから伺っている。
「顔になんかついてるか?」
風城がボソッと呟いた。
「馬鹿な考えはやめろよ、京、表舞台に戻れるチャンスなんだからな」
「心配すんな、そこまで馬鹿じゃねえよ」
風城は苦笑しながら唐木に言った。唐木はその言葉に安堵した。
両コーナーに分かれた馬渕と風城。ヘッドギアが邪魔くさく、おまけにスパーリング用の16オンスのグラブが重く感じた風城は両方とも外したい衝動にかられるがそこは我慢した。マウスピースを加え込み、両者の準備が出来たのを確認した山下がスタートの合図をし、1ラウンド開始のブザーが鳴る。それぞれ記者たちがカメラを構えた。
リング中央に出て来た2人は挨拶がわりに互いにグラブを合わせた。と、次の瞬間には馬渕が直ぐに左ジャブを繰り出し風城を牽制する。早い、スピードのあるジャブに風城はガードをしながら馬渕のジャブを振り払いそのまま前へ前へ前進する。ロープ際まで下げられた馬渕はサイドステップで横に逃げる。その瞬間、風城が左フックを放ったが馬渕の固いガードの上に阻まれた。馬渕がその際に呟いた言葉に風城は動揺した。
「本気で頼みますよ、地下のリングの時みたいに」
馬渕は風城が闇ボクシングのリングに上がっている事を知っている? なぜだ?
サイドに逃げた馬渕を風城はさらに詰め寄り左右のフックを繰り出し逃さない。
「会長は知りませんよ」
馬渕の固いガードから、風城の右フックが打ち終わった後を狙いすました馬渕の右フックのカウンターが綺麗に決まり、グラつき、思わずクリンチに逃げる風城。
「潰す気で来て下さい、本気で頼みます!」
馬渕の囁きに風城の中で何かが切れた。2人は離れると、今度は風城が状態を左右に揺らしながら右からのボディーブローと右フックの連打2発、さらに左のストレートと3連打のコンビネーション。風城は動きを止めず、懐深く接近して左アッパーと右フック……。その右フックが馬渕を捉えた。一瞬グラついた馬渕。記者たちから「おお――!」とどよめきが上がる。
「オイオイ、2人共マジだよ、これ」
記者たちがざわつく。慌てて会長の山下が声を上げる。
「おい、調整だぞ、2人共熱くなるな!」
「関係ねえ!」と、風城がさらに馬渕に猛攻を仕掛ける。馬渕が負けじと風城に突っ込んで行く。
ROUND1 完
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