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第8話 【潮時】
「もう、ひどいですよ、岡島さん」
居酒屋の席に着くなりエミは向かい合う岡島に告げた。今日は岡島から誘いがあり、こうして新宿へ飲みに来ている。
「里中さんと知り合いだったなんてビックリですよ」
「おかしいな、俺、話さなかったっけ?」
真剣に考え込む岡島、あの初めての賭け試合の観戦後に仲間たちと居酒屋で乾杯した時、岡島はエミに里中との関係を話したものだとばかり思っていたようだった。
「しかしまあ凄い巡り合わせだよな~、配達先が里中ちゃんの事務所だったなんてさ」
「もう心臓が飛び出るくらいビックリですよ~」
「で、里中ちゃんが名刺をくれたわけかい?」
エミが里中から貰った名刺を大事そうに手でもてあそぶ。
"これ、オレの名刺な、困った時はいつでも来なよ"
そう言って里中がエミに渡した名刺、昔、テレビドラマの探偵モノで主人公が口癖にしてた決めゼリフを真似た里中だった。
注文した料理がテーブルに運ばれて来て、とりあえず二人はビールで乾杯をした。
「あの時、部屋に女の人がいたんですよね、どういう関係の人なのかな~」
「女? ああ、どうせどこかのお水ネエちゃんだろ、里中ちゃんはモテんだよ、その筋のオネエちゃん達に。困り事は何でも相談受けちゃうからさ、探偵っつうより何でも屋だよ、ありゃあ」
「ええ~そうなんですか?」
「ああ、だから女には不自由しねえんだよな、里中ちゃん。男の俺らからすれば羨ましい限りだよ。あ、まさかエミちゃん、里中ちゃんにホの字かい?」
岡島はビールを飲みながらエミに冗談半分で言った。エミが慌てて否定した。
「ち、違いますよ、勘違いしないで下さい!」
「怪しいな~、まあ、真面目な話し、里中ちゃんは野々宮と知り合いだろ? 歌舞伎町界隈のオネエちゃん達が勤める店とかはいろんなトラブルがあんのよ、そういう時には里中ちゃんが野々宮に話しを持って行くんだよ、桜会が出てくりゃだいたいは一発で解決さ。バックに桜会が着いてりゃ怖いもん無しだからな」
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ハックションっ!」
里中がクシャミをした。
「誰か噂してやがるな、クソ~」
寒空の中、浮気調査の仕事で依頼主の旦那を尾行し、たった今、その浮気相手の女性とホテルに入って行くところの証拠写真をカメラに収めたところだった。
たまに舞い込む仕事はこの手の浮気調査ばかりだ。里中はうんざりしていた。こうして男と女の本性ばかりを見て来ると、とても本気になって女と付き合う気はなくなる。
「そろそろ潮時かな、この仕事も……」
里中はポツリと呟いた。
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