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第9話 【日本王者 馬渕芳樹】
報道陣がリングの周囲に集まり、ひたすらカメラのシャッターやビデオカメラを回す。ジム内を取り囲むように施された壁一面の大きな鏡で自分のフォームを確認しながらシャドーボクシングに熱を入れる端正な顔立ちの青年が日本バンタム級王者の馬渕芳樹だ。
「世界タイトルへの挑戦が決まってから一段と気合いが入ってるな」
「ここまで20戦無敗16KO勝ち、今や日本ボクシング界期待のホープは盤石といったところかな」
「あとはサウスポー相手のチャンピオンをどう攻略するかだけか」
スポーツ紙の記者たち数人が話しをしていると、ジム会長の山下が会話に割り込んで来た。
「あんたら馬渕がサウスポーのチャンプに苦戦するんじゃないかと思ってんだろ?」
山下は笑みを浮かべながら記者に詰め寄った。
「サウスポーは問題にしてないよ、現に前回の試合を観たろ? サウスポー相手に馬渕はボクシングをさせないで2ラウンドKO勝ちだよ、なんの心配もしてないさ」
「でも、相手のチャンプはボクシング大国メキシコの35歳、経験豊富な技巧派のベテランですからね、これまで三度の防衛も若手につけ入る隙きも与えず、判定ながら12ラウンドをフルに戦ってスタミナにも問題ないことを証明してますし、後半までもつれるとやっかいなんでは?」
「ハハハッ、フルラウンドはないない、早いラウンドで馬渕が捕まえるよ。スピード、パンチ力、断然馬渕の方が上だよ」
山下は余裕ありといった雰囲気を記者たちに見せた。しかし、記者の中には馬渕の過去の試合からボクシングファンの間で噂にもなっている風城戦の事を持ち出す者もいた。
馬渕が日本王者のタイトルを取る以前に行った風城京也との一戦は、馬渕楽勝という下馬評を大きく覆す試合になった。試合は判定までもつれ、無敗の馬渕があわや判定負けか? と思わせる一戦だった。しかも、これまでプロデビューから一度もダウンを喫したことのない馬渕が初めてダウンを味わった試合……。ファンの中には"疑惑の判定"とまで言われ、あの試合は馬渕の敗けだった、とするファンの声も上がったほどだ。
ジム内に3分間、1ラウンド終了のブザーが響いた。リング上の馬渕は軽くステップを踏みながらクールダウンをする。トレーナーからタオルを受け取ると汗を拭いながらトレーナーと何やら笑顔で談笑する。この後に記者とのインタビュー取材が設けられていた。
リングを降りた馬渕に記者たちが詰め寄る。
「馬渕くん、仕上がりは?」
「まあ、そうですね……良いですよ」
記者との囲み取材を受ける光景をジムの隅から腕組みをしながら見つめてる風城のトレーナー、唐木がいた。
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