第10話 【馬渕の自信】

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第10話 【馬渕の自信】

「おお、唐木、来てたか」  会長の山下が唐木に気づいた。 「お久しぶりです」  唐木は山下のそばまで行き挨拶をした。取材を受けてる馬渕に視線を送る。 「馬渕くん、調子良さそうですね」 「ああ、あとは仕上げのスパーだな、風城の方はどうだい?」 「ええ、まあボチボチです」  唐木は山下から風城の名前が出る度に心臓の鼓動が早くなるのを感じる。歌舞伎町の闇ボクシングの事が知られていやしないか? と。仮に山下がそれを知れば、馬渕とのスパーリングの話しは消えるだろう。それどころか、風城の表舞台復帰もなくなる。  日本ボクシング界でも伝統と幾人ものチャンピオンを排出した山下ジム、その山下会長は協会でも顔が利く一人だ。トレーナーとして、日本のボクシングジムをいくつか渡り歩いた唐木はその事を充分承知していた。自分がこうして日本のボクシング界に関わっていられるのも、実際山下のおかげでもある。山下はトレーナーとしての唐木の腕を買っているからだ。 「どうだ? 今度のスパーをきっかけに風城をそろそろ試合に出してみないか? もう身体の方が問題ないんだったらマッチメイクなら俺が引き受けるよ」 「ハイ、ありがとうございます、身体の方は万全です。もちろん、そろそろかなと考えてはいるんですよ」  風城が公式戦の舞台から遠ざかっている表向きの理由は膝の故障という事になっているが、それは嘘だ。確かにきっかけは膝の故障だったが、現在は何の問題もなく完治している。 「馬渕をあれだけ苦しめた選手だ、年齢的にもラストチャンスだろうし、上手く行けば馬渕が世界王者になった後のバンタムを獲れるんじゃないか?」  山下は既に馬渕が世界を獲る事を確実視していた。確かにそうかも知れない、が、ボクシングは何が起こるかわからない。実際、馬渕の相手、世界王者のメキシカンはベテランで老獪だ。馬渕は確かに若く実力もあり、スピード、テクニック、パンチ力も王者を上回っている。だが、唐木は見抜いていた、今度の相手、メキシカンの王者は馬渕が一番苦手なタイプだという事を……。  取材も終わり、記者たちが引き上げた頃、馬渕が唐木の元にやって来た。 「お久しぶりです、唐木さん」 「やあ、どうも馬渕くん、順調そうだね」 「まあ、なんとか。あとはスパー次第です。風城さんの方はどうですか?」 「おかげさまで順調だよ、馬渕くんとのスパーを楽しみにしてるよ」 「僕もです、あの時は完全に風城さんにやられましたからね。まあ、今はあの時の様には行きませんけど」 「胸を借りるつもりでいるよ、ひとつお手柔らかに」  唐木は馬渕と握手をした。風城の言葉を唐木は思い出していた。 『馬渕とのスパー、奴を潰したらまずいか?』と……。
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